2019年度活動報告~クラウドファンディングへの挑戦~



皆さん!こんにちは~こんばんは!
2019年関ゼミは幅広い年代が集まる超党派のゼミでした。まさかの1年生が単位なしで聴講生になり、4年生も就活の合間を縫ってリハビリ参加、AAEEとの一大プロジェクトなどなど。
さらに大学内で「関ゼミ」の名前が広く知れ渡りす・ぎ・た年でもあります。(笑)
まずは、年間のスケジュールから見ていきましょう。

                                


【年間スケジュール】

数々の快挙を成し遂げた勇士たち
4月 研究室ピザパーティー(2019関ゼミ発足)

5月 ◎クラウドファンディング準備(申請書類作成)
    ・AAEE JICA報告会イベント参加
    ・特別講演会第1弾(講師:Mailyさん/前年度ベトナム研修の現地リーダー)
    ・高校教員向け大学説明会(東経大を代表して参加)

6月 ・ゼミ合宿@武蔵村山キャンパス
    ・特別講演会第2弾(講師:関ゼミレジェンド北野先輩)
    ・第1回ゼミOBOG会@国分寺(史上初開催)
    ・朝日新聞タイアップ「大学力」の取材を受ける
   ◎クラウドファンディング開始(支援者を集めて目標の80万円目指す)

7月  ・第2回ゼミOBOG会@新宿
   ◎クラウドファンディング支援者集めのために複数企業訪問

8月 ・東経大オープンキャンパスで大学を代表して参加
   ◎クラウドファンディング80万円達成

9月 ・ネパール研修(2週間)
    ・ネパール全国紙に取材を受け、翌朝の記事になる
    ・日本-ネパール国際学生サミット2019開催@ネパールシャムロックスクール

10月 ・海外ゼミ研修学内報告会
    ・学内情報誌「大学報臨時号」にて関先生と学生2名が掲載される

11月 ・ゲストスピーカー講演会(講師:Jasonさん)
    ・ネパール貧困地域における生活実態調査
    ・ネパール日本学生の留学意識調査
    ・AAEE合同学生交流プログラム報告イベント@JICA地球ひろば

12月 ・学内ゼミ研究報告書に4名が参加
    ・TKUマルチリンガルフェア開催(学長先生も参加されました)
    ・第1回クリスマスパーティー@某ゼミ生宅
    ・第2回クリスマスパーティー@関教授宅

1月  ・YouTubeチャンネル開設(Mero SathiTV復活)

3月 ・TKU進一層賞学外活動部門受賞

全ては紹介できないので、気になる方は①Facebookページ②関ゼミブログ③関ゼミ公式Instagramでご覧ください!

【シャムロックスクール支援のクラウドファンディング】


クラウドファンディングを決意した関ゼミ生たち
私たちは、研修準備でネパールの厳しい現状を知りました。特に、関ゼミと親交が深いシャムロックスクールについて知ると、「自分たちにできることがないか」という想いが沸き上がりました。その結果、辿り着いたのがクラウドファンディング。過去に関ゼミやAAEEでは、何度もクラウドファンディングを試みて実行されなかった歴史があります。私達の代で絶対に成し遂げてやる!という強い思いを持ち、活動に励みました。
 しかし、大事件が発生。関先生に相談せずに準備をしてしまったのです。(笑)それでも関先生は、私たちの熱意を感じ、最後まで協力してくださいました。おかげさまで、見事に目標達成できました。本当にありがたいです。また、ゼミOBOGの先輩方や東経大の教員の皆さんをはじめ、家族、友人、関係する全ての人が協力してくれました。本当にありがとうございます。

【ネパール研修】

ずっと離れたくなかったネパールメンバーたち
2019年度海外研修の特徴はクラウドファンディング国際学生サミット。例年になく内容の濃い研修となりました。(2017年と同じく、マイダン村やリンネラハ村にも訪れたのでここでは省略)私たちはこの研修中、何度もネパールメンバーと支援方法の話し合いを重ねました。ネパールメンバーに日本で行った活動内容を説明すると、快く一緒に頑張ると意思表明してくれました。感動して涙を流すメンバーもいて、私たちの責任を改めて実感することに。ネパールメンバーは、全員がアイデアや意見を出し合ってくれるほど熱い人たちばかりです。正直、関ゼミメンバーは圧倒されました。どれも激しい議論になり、両国の学生が真剣に話し合う姿は、まさに国際協力の形になりました。とても濃密な2週間を過ごしたおかげで、ネパールメンバーとは今でも連絡を取り合うほど仲良しです。これこそ、真のグローバルパートナーシップの姿といえるのではないでしょうか。


【日本-ネパール国際学生サミットの開催】

日本-ネパール国際学生サミット
国際学生サミットは、クラウドファンディングの公約でした。この活動の目的は、単なる国際支援ではありません。活動を通じて、国際的な諸問題を解決できるパートナーシップの構築です。当日の朝まで、役割の確認やプレゼン内容の精査が行われ、皆この日のために全力を尽くして臨みました。会場は、クラウドファンディングの教育支援をおこなうシャムロックスクール。このサミットを象徴する代表的なスピーチがあります。石野田 副リーダーによる感動のスピーチです。(この日を迎えるまでの努力は涙ぐましいものがあります)資金集めの苦労、支援者への感謝、ゼミ長が体調不良により研修を断念したことを丁寧に語ってくれました。様々な出来事を正直に語る石野田さんの姿に、関ゼミメンバーは号泣し、ネパール学生も涙を流していました。シャムロックスクールの人たちをはじめ会場にいた全員に、私たちの思いが伝わった瞬間でした。

 

【この研修を通して学んだこと】

最後まで諦めずに取り組むことの大切さです。「全国規模で知名度がないゼミが、クラウドファンディングで80万円を集めるなんて無謀すぎる」と、全員が心のどこかで思っていました。しかし、始めた以上失敗は許されません。まだまだ学生なので、責任が取れる身分ではありません。それでも、やり遂げてシャムロックスクールの力になるという想いが大きな原動力となりました。資金集めをしていく途中で「この団体怪しいよ」「危ないからそんなこと辞めたほうが良いよ」と心無い言葉を沢山浴びさせられました。それでも、自分たちを信じて本気で取り組んだからこそ、目標達成し国際学生サミットを迎えることができたと思います。

【ネパール活動の発信方法】

主に、SNSを使った情報発信が多かったです。具体的には、関ゼミブログやFacebook公式ページ、公式Twitter(2017年から継続した活動)、新たな活動としては、公式Instagramを開設しました。一番大きな活動は、毎年11月に行われるAAEE合同の報告会です。今年は、クラウドファンディング成果報告も兼ねており、大学外の人たちに発信する大きなイベントでした。

関ゼミの授業風景



【1年間の活動で達成した事】

・クラウドファンディング80万円達成
・ネパール日本国際学生サミット開催
・TKU進一層賞受賞
・関ゼミ史上初のOBOG会の開催






【現ゼミ生へのメッセージ】

進一層賞受賞おめでとう
関ゼミを選んでいただき本当にありがとうございます!是非、全力でゼミの活動に取り組んでください。積極的に動くことによって、得られる成果は何倍にも跳ね上がるからです。「嫌だ~」って呟きましたね?騙されたと思ってやってみてください。歴代の先輩方が証明してくれていますので。そして、3月を迎えたとき、全員が関ゼミを好きでいてくれたら最高ですね。関ゼミポリシーを受け継ぐ人たちが増えることを密かに祈っています。(笑)焦らず、怠らず、諦めず頑張りましょう!!
 この1年間を通じて、1人では何も成し遂げられないことが分かりました。これはクラウドファンディング活動の経験が影響しています。関先生やゼミ生はもちろんですが、資金集めに協力してくださった大勢の人、ネパールメンバーの協力があったからこそ成功しました。この活動を通して、社会に出たら色んな人たちと上手くやっていかなければならないと強く感じました。学生までは、勉強や趣味など1人だけの力で何でもできます。しかし、社会人になれば、会社組織の人々、利害関係者と協力しなければ何も成し遂げられません。そのために異文化学習や言語学習が必要です。ゼミ生の皆さんも、バイトやインターンの経験をよく思い出してみてください。思い当たる節があると思います。
 さて、グローバル化により国境の壁がなくなった昨今において活躍できる人材とは、「自分以外の全ての人と上手くやっていける人」であると考えます。これは、まさに関先生の目指す教育像であったと思い知りました。まさにプロフェッショナルから学んだ1年間だったと思います。おしまいに2019年度進一層賞を受賞して、皆が口を揃えて言ったことは、「やり切ってよかった。」でした。皆さんは、どんな時間を過ごしますか?

 

【ページ作成の協力者】

・谷口惇(2019年度卒)
・学部:経営学部経営学科
・職業:物流業界

~編集手記~ 「関ゼミで学んだこと」
 「自分以外は外だ」という事ですね。だから、どんな相手でもリスペクトする心が重要です。え??どういう事?と思った、そこの関ゼミ生の後輩さんたち!正解は、自分で確かめましょう。(笑)
 私から1つ言えるとしたら、常に考えることが大切です。関ゼミは絶対と言っていいほど、壁が立ちはだかります。その時、簡単に諦める選択をしてほしくないのです。必ず道は開けるはずですよ。立ち止まることなく、一歩でも前に進んでください。ぶっちゃけ、何とかなりますから。ではどうすればいいのか。それは、頭をフル回転させて考えることです。本当に限界まで考えて行き詰まったら、その時は関先生が優しく寄り添ってくれますよ。どうせやるなら、振り切れるくらいまでやり切っちゃいましょう!「本気の失敗には価値がある。」私が大切にしている言葉です。本気で取り組んでみてはいかがですか?
 何か困った時は、遠慮なく関先生を通してご連絡ください。困ったら助けてくれる先輩がいる。これが関ゼミの良さです。私も多くの諸先輩方のお力をお借りしました。微力ながらお力になれれば幸いです。ただ忘れないで欲しいことは、私以外の先輩方は学生のように時間があるわけではありません。常に気を遣って接してください。約束ですよ?(笑)宜しくお願いいたします。





2018年度活動報告〜貧困と教育〜

こんにちは!今回は2018年度のゼミ活動をご紹介していきたいと思います!
この年度のゼミは昨年からの継続生4名に加え、新たに3年生3名と2年生3名が厳しい選考を通過した学生たち。真面目に淡々と1年間走っていくかと思いきや、、、2人の聴講生がスタート2ヶ月でいきなり70名集める大イベントを企画/開催したり、前代未聞の関内閣が発足したり色々起こりました(笑)
 またグローバルゼミだった昨年度と大きく違って2018年度のゼミは、なんとALL JAPANESE集団のゼミ!しかし年間テーマは国際的な問題である「Poverty & Education(貧困と教育)」と難しいものでした。
 国際的な学びや活動が多い関ゼミで、どのように1年間が過ぎたのでしょうか?? 


それでは、まず年間スケジュールから見ていくとしましょう!


【年間スケジュール】

4
・関ゼミ2018発足 w/2017OB&OGメンバー
・関昭典内閣発足?!

5
AAEE10周年記念イベントに
突撃参加/突撃取材
・講演会vol.1 韓国語のプロ通訳/翻訳家
「ツァイ 睦実さん(なんと関ゼミ1期生!)」
  →海外に興味があるけどどうすればいいか分からない人のための自己実現法

6月
・ゼミ合宿@武蔵村山キャンパス
TKU ENGLISH FAIR 2018開催
・講演会vol.2 ネパール支援家「垣見一雅さんことOK Bajiさん」
  →名言:The surest way to be happy is to make others happy.

7月
・リンさん(2017年関ゼミ生 ベトナム人学生)のお母様来訪

8月
AAEE Team Mero Sathi参加@JICA地球ひろば 
・ベトナム研修直前準備(プレゼンテーションやダンスを猛練習)

9月
・ベトナム海外ゼミ研修(2週間)
  →ホーチミン経済大学(TOP2 in VN)の学生と交流
・講演会vol.3枯葉剤被害者「グエンドクさん」
  →戦争の悲惨さと平和への願い
・貧困と教育における調査活動@ファンティエット
・ファンティエット大学/漁港/Ethic school訪問

10
・日本人学生とベトナム人学生の共同レポート作成&提出
・個人研究始動
・海外ゼミ研修報告会

11
AAEE合同学生交流プログラム報告イベント@JICA地球ひろば

12
・ゼミ研究報告会【改正入管法可決日on 12/8
  →過去10年間の関ゼミを総ざらいし、関ゼミの価値と存在意義を訴える
・加藤裕貴さん/吉野歩さんがアベック優勝@英語プレゼンテーションコンテスト
  →2017/2018年度ゼミ長、「再生可能エネルギー/ジェンダー」について各々発表
3回にわたりオープンゼミを開催
  →1. 異文化学習 2. 英語学習 3. 異文化学習×英語学習
・講演会vol.4 関ゼミ2013ゼミ長「青島一輝さん」
  →将来のために今何が出来るのか キャリアプランについて

1
・個人研究最終レポート提出

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もっと詳しい活動内容については、Facebook/Blog/InstagramCheck

ここからはいくつかピックアップして、詳しくご紹介します。

2年連続盛大に開催したENGLISH FAIR 2018


2017年に石垣航平さん(2018年は英語学習大臣)が発案し開催をした、ENGLISH FAIR。このイベントは東京経済大学の英語学習システムを総ざらいし、学内の英語学習向上に寄与するものでした。英語学習に興味ある学生はもちろんのこと、教授や国際交流課をはじめとする大学職員の方々にもご協力・ご来場頂きました。
聴講生の海野さんはENGLISH FAIR開催をなんとしても開催したいが為に、いきなり企画書を関先生に突き付けました!そして正規ゼミ生と先輩方を動かし、見事70名の動員を達成しTKU NEWSに掲載されました。すごかった!

 やはり東経大には英語学習に興味のある学生が非常に多いことがわかり、同時にその学習方法がわからないという学生が多いことがわかりました。関ゼミでは年間を通して英語学習を行なっております。関ゼミ初期の頃はご覧頂ければ分かる通り、英語学習がメイン活動となっておりました。そのDNAは少なからず過去10年以上継承されていました。皆さんも世界共通語を習得し、素敵な出会いと経験をしてみましょう!!



【ベトナム研修】

ベトナムで2番目に優秀な大学、「ホーチミン経済大学」の学生と交流しました。ワクワクと不安が全身をゾクゾクさせる中、現地に到着し翌日現地学生と交流スタートです。我々の国際学生交流を行うゼミ研修では、2週間現地学生と寝食を共にします。おはようからおやすみまで2週間、隣にはベトナム人学生。正直、辛いこと嫌なことなどもあれば、面白いこと驚くことも非常に多いです。
 初のご対面の時に歌やダンス/ゲームをして交流。これがスタートの合図です。いきなりでしたが、我々が驚き学んだことは出会ってすぐにありました。

 それは彼らのその研修にかける想いと気合いの強さでした。超ハングリー(笑)超驚きました。しかしなぜあそこまでなのかというと、彼らにとって他国の学生と交流するというチャンスは非常に貴重です。他国に自由に飛び回ることも現実的に厳しい現実があります。しかし、我々は今年楽しかったからまた来年も行こうと言えると思います。彼らは数少ない好機を最大利用し、学びや経験を最後の一滴まで搾り取ろうと必死に全力でぶつかってきてくれました。
貧困と教育の調査でCityから離れた村に行き、そのハングリーさに日本人メンバーも奮い立たされ、中には最後のアウトカムプレゼンテーションに向け夜遅くまでチームで活動するグループもいました。
最後には現地大学の校長先生等が審査員となり、公式のCompetitionで2週間の集大成を迎えました。




【最後に】

(※このお話は、それが良いとか悪いとかそういう話ではありません。)


 あなたはどう思いますか?
[設定]
あなたは語学に自信のあるサラリーマンとします。出世で、海外赴任が決まりました。今までのように朝から晩まで月から金までしっかり働き、「現地の人に負けないくらい人一倍努力しよう!」と意気込んでいます。
しかしいざ現地で勤務してみると、皆定時でさっさと帰宅してしまいオフィスに残ってるのはほんの数名だけ。


[質問]
この状況をあなたはどう思いますか?


自分が遅くまで働いてるのに、定時で帰宅する現地の人々はなまけ者だと思いますか?



[解説]
どう感じたからと言ってそれが良いとか悪いとかいう話ではありません。
そのような違いが世の中にはたくさんあるという事を知って頂きたく、この話を最後にしました。


これは、関ゼミで学ぶ異文化学習の1つ、「自文化中心主義」と「文化相対主義」という話です。
自文化中心主義とは、自らの所属する文化が正しいと考え、それを基に他の文化を判断する態度を指します。
文化相対主義とは、相手の文化、社会、相手自身ありのままの姿をよりよく理解しようとする態度を指します。


関ゼミでは例えばこのような事を学んでいました。
自分では受け入れられないことも、一度立ち止まってこの話を思い出して見て下さい。



これから様々な事を感じて学んで、
自分の知らない世界を堪能してみて下さい!








【編集者 ※Profile&Messageは、2017年記事参照】

加藤裕貴(かとうゆうき2019卒【2017-2018在籍】
・学部:経営学部経営学科
・職業:総合エレクトロニクス商社 法人営業職

2017年度活動報告 ~関ゼミでの経験~


 2017年度関ゼミは「スーパーグローバルゼミ」と名を馳せ、7ヶ国13名のゼミ生が学内外であらゆる活動に取り組み、一生忘れることのない唯一無二の経験をしました。また広報課にも多くの活動記事が掲載され、SNSを通じて国内外に発信されました。楽しいこと、面白いこと、辛いこと、きついこと、そしてまた楽しいこと。それらを積み重ね、共に過ごした仲間たちとの友情は何年経っても色あせないことでしょう。

【年間スケジュール】

   

【ネパールでの活動内容】

ネパールでのチームビルディング
まずは、現地の学生とアイスブレイク。自由気ままに自分が思うように体を動かし、現地の学生とペアになってダンスを踊りました。初めは恥ずかしく、周りを気にしてしまう人たちもいましたが、皆が面白おかしいダンスを踊っているから次第に恥ずかしさもなくなり、楽しさだけが残りました。そして、日本人・ネパールの学生それぞれが歩み寄った瞬間でした。アイスブレイクの後はUN Womenを訪れてジェンダーについて学び、ネパール学生と白熱したディスカッションを交わしました。
※UN Womenとは、United Nation Enity for Gender Equality and Empomerment of Women(ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機構)の略称。



ネパール代表料理「ダルバート」
水・電気・インターネットが全く無い3つの貧困村を数日かけて訪れました。貧困村で生活する人々の家にホームステイし、その人たちが食べるもの、生活スタイル(シャワーは3日に1回など)、言葉(ちょっとした単語)、文化(食事は手で食べるなど)、など私たちも村民と同じように時間を過ごしました。また、各貧困村では小学校を訪れ、日本やベトナム・フィリピン・中国など様々な国の伝統ダンスを一つにしたパフォーマンスを披露したり、小学生たちが勉強になるような授業を行ったり、パソコンの寄付や日本の文化でもある折り紙体験会を開催しました。日本への帰国前には、モンキーテンブルという有名な観光地を訪れ、現地の学生との最後の思い出を作りました。

【思い出】

最高のチームでした!
現地の学生とたったの2週間という時間を過ごしましたが、その時間が一生の友達を作らせてくれました。2週間のプログラムではアイスブレイク、勉強会、貧困村を訪れるなど様々なことがありましたが、その中で一緒に過ごす何気ない一瞬が今では一番大切な思い出だと思います。冗談を言い合って笑い合ったり、その時に起きた予想しないハプニングで一緒に驚いたり、美味しいものを共有したり、恋愛トークをしたり...楽しいことも、悩ましいことも今気づけば色んな時間を共有しました。その時間こそ、ネパールでの一生の想い出です。

【勉強になったこと】

ネパールに比べて日本は、色んなチャンスが沢山あることです。日本は、就職活動のためにボランティアをしようと思えば様々なプログラムに参加できる環境があるし、お金を稼ぐためにアルバイトしようと思えばすぐに見つかるし、経験を積むために専門学校やインターンに行こうと思えばあらゆる中から選ぶことができます。
 対してネパールはなかなか自分が思い描くようにはいきません。どんなにやる気があっても、環境が関係して叶わない現状を抱える、夢見る若者を目の当たりにしました。そんな中、日本には自分次第であらゆるチャンスをものにできること、行動を起こさずそれを掴まないでいるのは勿体なさ過ぎることに気がつきました。


【ネパールでの活動の発信方法】 

関ゼミの活動を色んなところで話しまくった
1年間の活動の中で、イベントの開催数は実に6回。共催や参加したイベントも含めると全12回に上ります。楽しみながら学びをアウトプットすることにフォーカスを置き、様々な方を招いて学内外の交流機会を多く作り上げました。

 

【1年間の活動で達成したこと】

とても多くの方に支えられた関ゼミでした
・学内70人越えの集客を達成(English Fair)
・進一層賞3連続達成
・独自イベントを計6回開催
・英語プレゼンテーションコンテストで3賞の内
 2賞をゼミ生が受賞
・11月の報告会にて、外部の団体と協力し
 100名以上の集客達成
・新Mero Sathiバンド、デザイン考案
・大学ニュース掲載 計9回




【ページ作成の協力者】

・加藤 裕貴
・学部:経営学部経営学科
・職業:総合エレクトロニクス商社 法人営業職

・吉野 ジュディー歩
・学部:経済学部国際経済学科
・職業:人材紹介業、家事代行サービス業


~社会で役立っているゼミでの学び~
 柔軟性を持つことです。どんな状況になっても、自分がその状況に合わせて同じように変化し、順応していくことが今の予想しないことが起きる仕事の中で活かされています。
 また自分らしくいることの必要性です。自分のコピー体など存在せず、周囲の人間と自分はどこか違います。それをどれだけ受け入れ合うかが、色んな人と仲良くなるコツですが、同時に自らの特色を全面に出していくことも必要です。
 それは今の仕事でも、社内やお取引様に自らを売り込む際に活かされています。

~現ゼミ生へのメッセージ~
 関ゼミは英語を学ぶことがメインではありません。英語を学んで初めて関ゼミ生として活躍できます。人とどう上手く関係を構築していくのか、人間一人ひとりが持つ個々の文化や価値観を学びながらそれを受け入れる姿勢について、海外研修を通じてだけでなく、一緒に頑張っていく仲間と協働していく中で学べます。関ゼミを通して経験し学んでいくことは今後の人生で役に立ち、人と関わっていく中で欠かせないスキルです。是非それを自分のものにしてください。最後まで楽しみながら、色んな景色、文化、環境に触れて新しいものを見つけてください。最後には大学を超え、国境を越えた一生の仲間に出会えます。関ゼミで活動して後悔することはありません。(吉野 ジュディー歩)


「自由」「笑顔」しかし「本気」それが関ゼミです
私は「経験と交流の重要性」を学びました。難しいことや簡単なこと、辛そうなことや楽なこと、経験しなくても周りが言っているから分かるというのは、まだ分かっていません。人は経験した事しか語ることはできないため、多くの活動をゼミ生皆で取り組む事で、非常に多くの経験を積みました。社会人となり、今でも業務上自分で考え進めてみようと思ったことは、まず取り組んでみます。そこで周りの経験豊富な方々にアドバイスをもらいながら、自分の目指す方向に走って過ごしています。失敗できないことや課題がない状態というのは、その状態があなたにとっての課題です。あなたの伸びしろを最大限広げ、未知の世界に飛び込むことを楽しんでください。そして多くの人にアドバイスをもらって仲良くなって、成長していってください。他者との関わり方は上記に歩が伝えています。是非、最高の関ゼミライフを。いつも応援しています!(加藤 裕貴)

2016年度活動報告~SDGsへの取り組み~


【年間スケジュール】

4月 VJYE2016スタート テーマをSDGs(持続      
     可能な開発目標)に決定。

6月 垣見一雅氏(OKバジ)特別講演会開催

7月 英語の学習方法講演会、1泊2日ゼミ合宿

9月 ベトナム研修(9月3日~16日)

10月論文作成、ゼミ報告会

12月他大学の学生、高校生と合同報告会

3月 「TKU進一層賞」にて優秀団体賞受賞

【SDGsを目指して】

タライ村 みんな笑顔
 私たち2016年度の関ゼミでは、SDGs(持続可能な開発目標)をテーマとして一年間活動しました。その中でも、環境、貧困問題、戦争、そしてパートナーシップを主としてベトナム学生と共に、研修を通して学んでいきました。ホーチミンでの大学や小中学校、一般家庭への訪問、町でのごみ拾い活動、ドクさんのベトナム戦争に関する講演、タライ村での生活などを通して様々なことを知り、考えていきました。
 また、学ぶことと同時に、街に出かけたり、スポーツ大会をしたりしてベトナム学生と交流を深めていきました。私が研修の中で一番印象に残っているのは、タライ村で過ごした日々です。ここで過ごした日々は、関ゼミでなければ経験できなかったと思います。携帯も使えず、暖かいシャワーもなく、普段の生活から考えるととても不便でしたが、サイクリングやいかだレース、ベトナム伝統の遊びやゲームなどを通して、SDGsの課題の一つであるパートナーシップをベトナム学生と深めていったことは今でも忘れられない思い出です。
 また、タライ村ではゴミ箱を設置するというボランティア活動をしました。ただ単にボランティアをするのではなく、その村のニーズに合うもの、持続が可能なもの、そして見返りを求めず、人々の幸せを考えることがボランティア活動をするにあたって重要であると感じました。海外でのボランティア活動というのは、「貧しくてかわいそうな人を支援する」というイメージが強いかもしれませんが、実際に私が見たタライ村の人々は皆とても笑顔で幸せそうな人ばかりで、貧困であるという事が必ずしもその人の不幸や心の貧しさに繋がるわけではないという事が分かり、改めて自分の普段の行いや考え方を見直すきっかけにもなりました。

 

【講演会やSNSを通して】

国境なき医師団医師(山本先生)講演会
研修を終えてからは、研修を通して学んだことや感じたことを学内だけでなく、学外にも積極的に発信していきました。学内では、ゼミ報告会への参加や、他大学の学生や高校生を交えての合同報告会を開催しました。英語でのスピーチや演奏を行うなど、報告会を行うにあたっても様々な工夫をしていきました。また、学外にはSNSを利用して、私たちの活動を発信したり、研修を通して学んだことを一人ひとりが論文にしたりして公開していきました。




【TKU進一層賞優秀団体賞受賞 2年連続の快挙】

東経大に欠かせないゼミになった!

一年間の活動を渡って、私たち関ゼミはTKU進一層賞優秀団体賞を受賞することができました。これは2015年度に続き、2年連続の快挙となりました。研修での活動や、日々の活動を怠らなかったというのもありますが、本当に多くの方々のご協力やご支援があったからこそ受賞することができました。








【ページ作成の協力者】

・穴田真由佳
・学部:現代法学部
・職業:SE・事務職

~カルチャーショック~
関先生に教わった、カルチャーショックに対応できるようになるという話(詳しくは先生に聞いてください!)が自分の今の社会における生活でも役に立っていると思います!

~現ゼミ生へのメッセージ~
関ゼミで過ごす日々は、他のどのゼミに行っても経験できないものだと思っています。時には楽しく、時には辛いこともあるかもしれませんが、関ゼミで学んだ一年間は、これから先何年経っても色んな場面で活かされると思います。充実した、良き学生生活を送ってください!








2015年度活動報告 ~Mero Sathi Project~



すべての始まりとなった一枚

【ネパール大震災復興支援プロジェクト】




 2015年度の関ゼミは従来通りアジア圏での学生交流に向け、現地で催すダンスの練習や日本文化紹介の準備を始めていましたが、開始早々ネパールで大震災が発生。
その日のうちにSNSで世界中の仲間たちに呼びかけ、支援の輪を広げる活動を開始、世界へ発信した最初のメッセージ写真は250万人もの人々に届く大反響があり、ゼミ内容は急遽方針転換、まだ数回しか顔合わせしたことのないゼミ生たちの怒涛の一年が始まりました。





【自分たちで考え、行動する】

 
様々なメディアに取り上げられました
震災後1回目の授業で私たちに何ができるのかを話し合い、関ゼミの先輩方が過去のネパール研修で現地の「笑顔」がもたらす力を学んで来られた事から、今度は私たちが笑顔を届ける番だと、動画によるメッセージ配信、特注ラバーバンドの販売、街頭募金活動など、ゼミ生が一丸となって復興支援プロジェクトに取り組みました。


【実際にネパールへ】

マイダン村の学校にて
 私たちの活動はテレビニュースや新聞各紙に取り上げられ、一躍大学を牽引するゼミとなりました。そして実際に現地へ行き笑顔を届けるとともに「英語に限らず相手に通じる言語の大切さ」と「相手の文化を尊重し、理解しようとする姿勢の大切さ」を学び、本来のゼミの目的である多文化理解をも深める事が出来ました。帰国後には大学の一教室にお集まりいただいた130名以上の来場者を前に活動報告を行い、2015年度の関ゼミを締めくくりました。


※今回は簡易的な年度別活動報告との事ですので、詳細は過去の報告資料をご参照下さい。書ききれない事がたくさんあります。


【ページ作成の協力者】


・石井侑登(2017年卒)
・学部:経済学部国際経済学科
・職業:セコム株式会社

~現ゼミ生へのメッセージ~
私にとってあの激動の一年をともに乗り越えたゼミの仲間たちは宝物です。2015年度の関ゼミは従来のアジア圏での学生交流に加え、急遽発足したMero Sathi Projectも並行して行うという特殊な年度であり、活動内容が非常に多くゼミの授業内では到底準備が追い付かない状態でした。しかし当時の私たちには「じゃあまた来週のゼミの授業でね」という考えは無く、皆授業後も必死に準備に取り組み、気が付けば帰宅後も、授業がない日も常にSNS上で準備、意見交換をしておりもはや家族のような存在でした。社会人になった今、大学の友人と聞いて最初に思い浮かぶのはゼミの仲間たちであり、よく集まるメンバーもゼミの仲間たちです。是非みんなで同じ目標に向かい、一緒に辛い事やうれしい事を共有していって下さい。そして何か困ったことや相談事があれば、いつでも私たち卒業生を頼って下さい。応援しています。

2014年度活動報告~ベトナムの思い出~


【年間スケジュール】

ゼミ合宿
5月   ベトナム側とプログラム作成の開始
      ベトナム側⇒プログラム作成
        日本側⇒プレゼン資料や
              ダンス、歌の準備

準備とリハーサルの日々!!

9月   ベトナム研修

帰国後 研修での学びを発表



【ベトナムの思い出】

ベトナム人との食事(右も左もベトナム人)

ベトナムの学生とほぼ24時間(寝る時間以外)共に活動するので、ベトナム人の考え方、文化などを間近に感じることができました。研修中に、急なプログラムの変更もあり、その対応に追われ、ホテルに戻っても夜遅くまで翌日の準備をする中で、日本人学生同士もお互いに仲良くなれたことが思い出です。








【ベトナム活動の発信方法】

帰国後、それぞれテーマを決めた後にレポート作成、発表をしました。また、他大学の学生と一緒に研修結果発表のイベントを作って、発表の機会を設けました。他大学生と交流したことで、ベトナム研修とは違った刺激を受けることができて良かったです。


【一年間のゼミ活動で達成したこと】

Mero Sathi活動、Mero Sathiビデオの撮影
 MeroSathiリストバンドの販売⇒売上金をネパールの学校支援に寄付

【ページ作成の協力者】

・村上裕一
・学部:経済学部
・職業:総合鉄鋼商社 営業部

・中野優子
・学部:経営学部
・職業:船舶保険会社 契約部

~社会で役に立つゼミでの学び~
意見が異なる時、チームとして一つの答えを導き出す力


~現ゼミ生へのメッセージ~
関ゼミで学習したことは社会人になって役に立つことばかりです。日々の活動を大切に取り組んでください!研修で出会った人たちも、関ゼミにいた期間は一生の思い出になります!

2013年度活動報告~ベトナムからの学び~


【ベトナムでの研修】

初代 Vietnam-Japan Youth Exchange 
 2週間の研修

思い出

初めての海外で全てが楽しく、自分の知らない世界で暮らす人たちの生活が新鮮でした。研修に対する思いや、意気込みを肌で感じて、自分は努力や情熱が全然足りていなかったと感じました。

【ベトナムの学生達から学んだこと】

ベトナムに生涯の友ができた
上手く話せなくても、自分の意見をしっかり伝えようとしてくれたり、発音が聞き取りづらくても分かるまで諦めずに聞いてくれたりする姿勢が印象的でした。また、その場その場で瞬時に状況判断して、問題解決ができていました。初対面であっても、初対面ではないように接してくれ、言葉の壁なんて薄いんだという事を学びました。






【翌年のベトナム留学(1年間)】

ベトナム人は何て素敵なんだ!と感動の連続の1年
~思い出~
留学していた時間全てが思い出です。頼れる人のいない国で、自分自身で全てを決める生活が人として成長させてくれました。日本人であることが特別だという事を留学を通じて強く感じました。自分たちは生まれた場所が日本という事だけで優遇され、凄い人間であると思われていたことに驚きました。

~学び~
言葉、行動の一つ一つに責任を持つ必要があることや、人生は自分次第でもっと面白くできること


【留学後のゼミ活動(2015年度) Mero Sathiプロジェクト】
~思い出~
ゼミ活動を開始して早々、ネパールで地震が発生したのをきっかけに、ゼミメンバー全員でネパール支援のために何ができるかを考えました。各自がそれぞれ知見を出し合ってラバーバンドの作成、販売、募金活動を行うことで、最終的に76万円の支援金を集めることができました。

~学び~
チームで働くことの楽しさや、やりがい。また、必死に何かに取り組む1日1日が繋がり、努力の結晶の形が完成した時の感動

募金活動は大変だったけど懐かしい

【ページ作成の協力者】


・青嶋一輝
・学部:経営学部流通マーケティング学科
・職業:株式会社ユニクロ

~社会で役に立っているゼミでの学び~
常に前を向いて行動し、結果を見て次の行動に移すPDCAサイクル
どんな状況に直面しても、動じないスタンス




~現ゼミ生へのメッセージ~


 
関ゼミ最高、戻りたい
人生の中で一番楽しくて、自由で、色んな事に挑戦できるのが大学だと思います。関ゼミは他のゼミと異なり、自由に多くのことを挑戦させてくれます。こんなチャンスは本当にどこにもありません。この時間を最大限活かしてください。 社会人になり私が強く感じるのは、人生を歩んでいくことは「答えが無いレール」を死ぬまで歩み続けることなんだなという事です。誰も何も言わない、自由な世界です。しかし、それは楽しくもあれば辛くもあります。なぜならそこに答えが無いからです。
 社会人になる前の大学時代に、関先生の下で色んな問題、課題、場面を与えていただき、自分(チーム)なりの答えを出して実行していくのは、本当に特別な時間になると思います。その時間の中で、自分はどんな人間なのか、どう社会と共に生きていきたいのか、そういった自己分析ができ、将来に大きく役立っていくと思います。
私は関先生と出会い、人生を変えていただきました。出会ってなければ今の自分はいません。皆にとって、このゼミが人生を変える大きなきっかけになることを強く願っています。

2010年度活動報告~ネパールでの生活~


【ネパールに行ったきっかけ】


マイダン村
きっかけは4月、関ゼミが始まってすぐに関先生と2人で学内を移動中、突然関先生から言われた一言でした。「ネパール行かない?」
当時の私は、ネパールに関する知識ゼロ。一体どこにある国なのか、どのような情勢の国なのか、全く知りませんでした。当然、今の私であれば検討する時間が必要だと感じますが、当時は怖いもの知らずでした。「経験」に対して貪欲だった私は、「はい、行きます。」とその場で即答。実は、ネパールに行こうと思った明確な理由などは無く、知らないことを経験したいという「強い好奇心」ひとつから、全てが始まりました。




【マイダン村】

私から決して離れなかった子供たち
ネパールでは驚きの連続でしたが、「電気・ガス・水が通っていない」村、”マイダン村”での生活は衝撃を受けることばかりでした。案内してもらった家は、赤い土でできており、家の中にはハエが沢山飛び回っていました。外では、犬やニワトリが自由に歩き回る素敵な光景が広がっているかと思いきや、道に何やら黄色い物体を発見。よく見ると手の平サイズのイモムシのようなものが。こうした生き物たちを普段見ることは無いので、自然界を身近に感じた出来事のひとつでした。


【ネパールと水汲み】

ボロボロの服、でも目はキラキラ
 各家庭に水道も無いので、朝は水汲みから始まります。村に1つある水汲み場に女性たちが集まっていました。しかし、それだけでは十分な水が得られないので、子供も含め若い女性たちが毎日山を1時間下って、川に水汲みに行っていました。水汲み場は「交流の場」になっているようで、女性たちが楽しそうにしているのが印象的でした。女性や子供が、生きるために重労働。世界の貧困の現場を目の当たりにしたのです。しかし、当時の私は自分のことに精一杯で、そのようなことを考えている余裕もありませんでしたし、知識も足りていませんでした。


【ネパールで学んだこと】

あの時あの場所に戻りたい
日本では、他人と自分を「比べる」ことが容易にできます。テレビ、インターネット、SNS...願わなくても他の人の情報が入ってくる環境など。自分よりも恵まれた人の情報にばかり目が行き、自分たちがどれほど恵まれているか気づけないでいるのかもしれません。私たちの「当たり前」の生活が、ネパールにはありませんでした。日本の暮らしがいかに(物質的に)恵まれているのか思い知らされましたが、それは、実際に現地に足を運んだからこそ理解できたことだと思います。それをあるネパール人の方は気づいていて、「日本人は差を”体感”することで自国を幸せだと感じる」とおっしゃったのでしょう。今一度感謝して暮らしていかなければいけないと思いました。ところで、日本人が幸せを実感するために、「差を体感する」こと以外にどんな方法があるのか。最近、私が魅力を感じるのは、「自分にとっての幸せ」が分かっている人。自分にとって本当に大切なものは何か、どんな時に幸せを感じるのか、その「軸」をしっかり持つことができれば、多量な情報に振り回されず、自分の幸せをしっかり感じて日々生きていけるのかもしれません。

【ページ作成の協力者】

ずっと、関ゼミを応援しています!
・荒井みなみ 旧姓:森下(2012年卒)
・学部:経営学部流通マーケティング学科

~現ゼミ生へのメッセージ~
この貴重すぎる時間を存分に味わい尽くしてください。私が関ゼミに所属していたのは10年ほど前のこと。その時は、今している経験が”貴重すぎるもの”だとは思っていませんでした。皆さんも卒業して働き始めた時、関ゼミでの活動は本当に素晴らしいものだったと思うはずです。


2009年度活動報告

【関先生という衝撃】

ネパール・パルパ県の道中の売店
で水を買う関先生(筆者撮影)
 関先生は、一言で言えば「変人」です。私と先生の出会いは、東京経済大学(以下、東経大)に入学したばかりの4月でした。今でも覚えていますが、入学直後の履修申請期間中に先生は「ネパール(研修)は初の試みで、今もまだ調整中です。何があるか知りません。なので、わかりません。とても過酷なのは確かです。インド(研修)は、はんぱないです。中途半端な気持ちで応募しないでください。とにかく覚悟して応募してください。」と、言葉とは裏腹にとても爽やかな笑顔で説明してくださいました。引率の教員が、何があるのか「知らない」「分からない」なんて、なんという告知をするんだ、と超衝撃でした。当時、何か経験して何か学んで何かを変えたいと日々鬱々と悩んでいた私(当時の私を関先生はよくご存知です。) は、この先生の話(脅し) を聞いて直ぐに応募しました。(※21世紀教養プログラムには、全学年対象のオフキャンパスプログラムというのがあり、ゼミとは別に夏休みに課外授業を行う科目がありました。希望すれば履修(参加)できました。

【インドの衝撃】 

マザー・テレサのお墓と祈る人たち(筆者撮影)
 ンド研修は、インド東部の都市コルカ(Kolkata)のマザー・テレサの施設でのボランティア活動をしながらホームステイをするものでした。マザー・ハウスは、カリガート(死を待つ人の家)が大変有名で代表的なものですが、私はシュシュババン(子供の家)という孤児の施設で朝からお昼ご飯までボランティアをし、お昼ご飯後は自由行動でした。到着したコルカタは、茶色でした。道は舗装されておらずデコボコ、車が通れば茶色い砂埃が立ちこめ、果たして収集するのか分からない茶色いゴミがところどころに点在し、川は濁流で茶色でした。狂犬病持ちの何のために生まれてきたのか分からない醜悪な野良犬がその辺を生気なくウロウロしており、犬と人間が全く互いを認知しない無視しあっている不思議な光景だったのを覚えます。ただ毎年、人が犬に襲われ狂犬病で亡くなる事例は発生しているので、特に夜間は犬を避けるため通行人による犬除けの「ピューーーーーッ」という笛の音がしていました、犬だけでなく先生の睡眠もまた、これに妨げられていたようでした。水でお腹を壊すということで、飲まないのは当然のことながら、シャワーを浴びる際も、目はおろか口は真一文字に閉じ、鼻からも入らないよう呼吸を止めるなどしていました。

高級ホテルのロビーで寛ぎながら一服する
ビジネスマン風の男性(筆者撮影)
サダル・ストリートというバックパッカーの聖地があります。観光客を騙すキャッチやスリ、腕がない・脚がないなどの障害者の物乞いなどで溢れていました。そんな怪しい目的を持った人達から、私たちは明らかにお金持ち(外国人)に見えたため、とっかえひっかえ親しげに声をかけられ、ひたすら、わけも分からず無視し続け歩くというストリートでした。カオスでした。そんなサダル・ストリートの中心地から一本入ったところに、超高級ホテル(名前覚えていません)がありました。ある日、関先生と一緒にトイレを借りたのを覚えています。ホテルは、コンシェルジュやセキュリティがいて、汗をかいたTシャツに短パンというラフすぎる姿の私たちでも笑顔で丁寧に挨拶してくれました(宿泊客ではなくトイレ借りるだけの冷やかしなのに)。ホテルはとても綺麗で静か、ほのかな花の香りに、さり気なくJazzが流れていました。ロビーには、白のYシャツを着た西洋人のビジネスマンと思われる方が、タバコをプゥぅッと一服しながらソファーで寛いでいました。たった一歩で、貧富の別世界、とても衝撃的な出来事でした。

訪問先の学校で興味津々の大量の生徒たちに囲まれながら、
日本語の数の数え方を教える筆者(関先生撮影)

インドは英語が公用語で、非常に訛りのきつい英語(当時の私は訛りも何も英語は全く解しませんでしたが)を話すことで有名ですが、カースト制度(身分制度)の影響で、まともに教育を受けられない人たちが大勢います。ある時、関先生と「Jail(刑務所)前」というバス停に行かなければならず、リキシャー(自転車タクシー)に乗りました。先生が値段交渉や行き先(何度も「刑務所前っていうバス停、バス停」と連呼)を伝えていましたが、理解できているのか全く不明で、リキシャー・ガイは険しい顔しながら「分かった」ような顔をしていました。結局、刑務所内に連れて行かれました。降りるときに「な、大丈夫だっただろ」的な超ドヤ顔されたのは良い思い出です。

 ある日は、現地の学校を訪問しました。全校朝礼で全生徒の前で校長先生と並んで登壇、日本の折り紙や空手などの文化を紹介する特別授業を行いました。授業中は他クラスの生徒達が教室前の廊下から中を覗いたり、校内を移動中のときは正に渦中の人の囲み取材状態。生徒たちから次から次へと日本についてバンバン話しかけられるという超人気芸能人が学校訪問すると、こんな感じなのかな、という貴重な経験をしました。自分 = 「日本」として見られ、外から見た「日本」のもたれている印象や認識、期待を初めて肌で感じた貴重な瞬間でした。また、別のある日の自由行動の時、折角だからコルカタの有名な観光地に行こうと思い、ヤギの首を切り落とし生贄として捧げることで有名な「カーリー寺院(Kali Temple)」に行きました。寺院に入ってすぐに「この寺院をボランティアで案内しているものです。」と「寺院ガイド証明書」なる身分証のようなカードを見せながら、男の人が話しかけてきました。「おぉ、そうかそうかボランティアならお金はかからないな、証明書も見せてくれたし。」と思いました。男の人は、寺院を見せて回り、ちゃんと案内してくれました。そして、最後に神様の前に通されたところで「ここでお祈りしよう。お布施を出せば神様が貴方の前に来て話を聞いてくださる(当時の僕は英語が分からなかったので、何となく場の雰囲気や表情でそんなような事を言っていると思いました。というかベンガル語だったかもしれません。)。」と言われ、言われるがままに野口英世を2枚と夏目漱石1枚(今はめっきり見なくなりました。)をお布施し、しばらく目を閉じました。目を開けると、なぜか置いたはずの英世と漱石はなくなっていますが、参拝できた満足感がありました。笑


騙された直後に連れて行かれた寺院向かいの謎の薄暗い店。
手前の白いシャツの男性が詐 欺師。というか他の人らも恐らく
自称ガイドの詐欺師たち。恐らく詐欺師たちの巣窟。一日中、
この基地からカモれそうな獲物がいるのか、観察して、
見つけ次第、出撃しているのだろうか。(筆者撮影)
案内してくれたガイドから「見て回ったから疲れて、お腹が空いただろう。」と言われ、寺院の向かいにある薄暗いお店に連れて行かれました。現地のご飯とチャイが出てきました。何故か御代はいい、と奢ってくれました。別れ際には、「バッグのチャック空いているぞ。気をつけて。」と注意までしてくれました。親切な人がいるものだな、案内までしてくれて奢って貰っちゃったし。と思っていましたが、もう皆さんお察しの通り、よくよくガイドブックの「カーリー寺院」の項目を読むと、「寺院のガイドを騙り、お布施と称してお金を騙し取る詐欺に注意。」と書いてあり、その時、全く一言一句その通りに「騙された!」ことを知り、超落ち込み凹みました(当時の自分が謎すぎて信じられません。)。ただ、野口英世2枚と夏目漱石1枚分も騙し取れると思ってなかったのか、はたまた、野口英世2枚と夏目漱石1枚が大当たりで気を良くしたのか、私があまりにも単純すぎて憐れに思ってくれたのか、何故かご飯とチャイを奢ってくれてカバンが空いていることも注意してくれたりと、上客()待遇でした(何か盛られているかもしれないご飯とチャイをのん気に飲食した当時の自分もどうかと思いますが、、、)。そんな鈍感にも関わらず、私は不思議と指摘されたカバンだけには「きっと注意して善人ぶっただけで実際は既に何か盗られた後なんじゃないか」ととてつもなく心配になり、カバンの中身は徹底的に何度も確認し、何も盗られておらず、ほっと安心してました。笑

【ネパールの衝撃】
垣見一雅(OKバジ)さんにご案内頂きながら文房具を
配る筆者(関先生撮影)
インドのあと、そのままインドからネパールに飛行機で行きました。先生は当時「ネパールからインドへ出稼ぎに来るくらい、ネパールはインドよりもずっと遅れている国、ネパールの人たちからすればインドは豊かで発展しいてる国。とにかくヒマラヤの自然はすごい。そんな国に今から行くんだよ。超やばいよ。」と仰ってました。インド研修がマザー・ハウスでのボランティアだとすると、ネパール研修は皆さんご存知のOKバジこと垣見一雅さんの御活動を実際に一緒に御伴してまわるというものでした。首都カトマンズからタンセンという雲よりも高地の山頂の町(設定がドラ村に行き、ご自宅を拝見、ご自宅といっても常にご支援で村々を行脚なされているので、あまりいらっしゃらないとの事でした。ラクエやFFに出てきそう)で垣見さんのお家のあるドリマラ村に行き、ご自宅を拝見、ご自宅といっても常にご支援で村々を行脚なされているので、あまりいらっしゃらないとの事でした。

大歓迎のムードの中、首輪をかけてくれるドリマラ村の子供(関先生撮影)

ドリマラ村 ~ サチコール村 ~ ポカリチャープ村 ~ リンネラハ村と、村々をヒマラヤの大自然の中まわりました。行く先々の村々、出会う人たち皆が、私たちを見て(いや、OKバジを見て)大興奮の大感激で、手作りの花輪を首からかけてくれたり、日本だとガソリンや灯油を入れるようなポリタンクに入れた謎のお酒(ウォッカのような蒸留酒)を振舞ってくれたり、夜通し踊り明かして大歓迎でおもてなししてくれました。 





あれがエベレストだっ!!と大はしゃぎでエベレストを
指差す関先生とポカリチャープ村 の人たち(筆者撮影)


貨幣も無い、電気も無い、水は下ったところの川から毎朝汲んでくる、という日本と真逆の生活環境で、村人たちは生き生きと、元気良く、活発で、疲れきってイライラしている日本人とは真逆の人間でした。ネパールの衝撃でした。こんな世界があるのかと、世界は広い、いろんな価値観があるんだ、いろんな価値観でいいんだ、と身をもって感じ大感動しました。関さん(先生と呼んでいたら、突然「先生と呼ばないで、呼ばれたくない。関さんでいい。それと敬語も止めてくれ。僕は偉くも何でもない。」と言われたので。流石に敬語は無理でしたが。)も同じように感じていらして、大自然の開放感もあってか大興奮・大感激で大はしゃぎでした。引率の大学の先生が小学生みたいで衝撃でした。あの時は、四六時中、関さんと二人、子供みたいにきゃっきゃきゃっきゃ、その興奮と感激をお互いに伝え合っては、同感し、その話を聞いたことで再び超感動超感激するという繰り返しでした。とにかく超絶、超気持ち良かったです。筆舌に尽くせません。

ノルウェーの団体に支援されて作られた蛇口で顔を洗ったばかりの
ポカリチャープ村の子 供(筆者撮影)
ある日のポカリチャープ村にて、朝から村人たちは、やたらと何だか嬉しそうに興奮しています。それは、その日は「豚」というご馳走が出るからでした(村では自給自足の生活で経済活動がほとんど無いので豚を買うお金が無い=大御馳走)。生きた豚を殺める、そしてその殺める主役は学生という話でした(ちなみにこの時のプログラムの一環です。)。詳細は割愛(聞きたければお話します。)しますが、捌いて(捌いたのは村人、殺めたのは私)串焼きにして食べました。村人たちは大興奮、子供たちは豚の血を付け合う鬼ごっこをして遊んでいます。現在、私はイスラム教が国教の国(豚は禁忌。汚い存在であり、食べることはおろか触ることさえタブー)で生活しており、豚の存在が、日本・ネパール・ムスリムのそれぞれでの扱われ方、見られ方、価値が大きく違うのだなと実感しています。

毎日、部屋を訪ねてきた目の悪いポカリチャープ村の飲兵衛おじさん。
言葉の壁かおじさんの性格なのか、毎日部屋にやっては来るものの1人で黙々と
謎に飲み続けていた。関先生があげた貴重な山崎のグラスと記念撮影。(筆者撮影)

食べるということ、食べ物、生きるということ、が何のうえで成り立っているのか大きく考えさせられました。「うわ、何て残忍な惨い事をするの」と私を超蔑視する人がいるかもしれませんが、結局、みんな生きている限り同じものを食べているんですよ。誰かが部位ごとに捌いてパック詰めの見慣れた形になるまでの工程をしているというだけのことです。ベジタリアンであったとしても、植物も生き物ですし。




私は、この時しか参加していませんが、聞いたところによると、移動のルートが過酷なのと、あまりに刺激的な内容過ぎたとのことで、翌年以降は、この時よりもマイルドになり、ルートも変更になったと聞きました。その後のゼミは、AAEEの設立、ベトナム研修等、皆さんご存知のような現在の関ゼミへとどんどん大きく御発展していっていることかと存じます。この時の超感動と超感激は、今でも本当に筆舌に尽くせません。今でも昨日のことにように思い出します。

ネパール語で、シャツにこんなに穴が空いちゃっているよー、とおどける垣見一雅(OKバ ジ)さん(筆者撮影)

2009年度、関ゼミの衝撃】

 もし、年度ごとにスローガンが決まっていたとするならば、2009年度関ゼミは「自主的英語学習への動機付け」と呼べるかと思います。学生が個々人でそれぞれ「自分はこうやって勉強したら英語が上達すると思う。」ということを報告しあい自ら実践して体現するというゼミでした。先生から生徒への一方通行な指導ではなく、学生自身が学習法やスケジュールを考えて、ゼミの時間は、それぞれがこれまでの勉強法や成果やモチベーションなどの変化を簡単な発表報告し、先生を始めその他のゼミ生が感想を言い合い、そのフィードバックを参考に発表者は自分の学習計画を必要と感じるならば軌道修正するといった感じのゼミでした(火曜日5限6限)。 先生は、非常にとても怖かったです。この恐怖が衝撃でした。ゼミ生の一言一句に真剣真摯そのもので、毎回手厳しいフィードバックがあり、ゼミの時間帯は1秒たりとも気の緩めない、張り詰めた空気が常に充満に漂っていました。勿論、ただスパルタの昭和よろしくな熱血根性指導とは全く別のものです(安心してください。)。過去の新潟時代の教え子の方々の英語学習日記のコピーを素晴らしい見本(新潟の先輩方ありがとうございます。)として配布したり、「学習のヒエラルキー」(以下「ヒエラルキー」)などを理論的に分かりやすく説明してくださったり、「僕はアメリカを学んだ」の著者である鎌田 遵さんを招いての座談会など、一人ひとりのゼミ生が自立して、ちゃんと自律した学習ができるように道しるべと刺激を与えてくださいました。「ヒエラルキー」は、人間は環境に左右される生き物なので、英語学習なら英語学習を自分の生活環境の中での優先順位を高める、というものでした(間違っていたら、すみません。)。例えば、寝る前に歯磨きして寝ますよね、歯磨きしないと気持ち悪くて寝つきが悪いですよね。つまり、そういうことです。笑英語を勉強しない日・英語に触れていないと落ち着かない、習慣化させるということです。また、「ヒエラルキー」から人間の記憶はインプットよりもアウトプット・受身よりも能動が明らかに定着しやすいということも学びました。それを踏まえ、先生は「いくらでもこのゼミの時間を使って、君たちに英語を教えることはできるけど、超効率が悪いし趣旨にそぐわない、そもそも君たち全員、教えたこと絶対すぐに忘れるから、君たちのためにならないし僕のためにもならない。時間の超無駄だからやらない。」と仰ってました。そもそもアウトプットはインプットがある程度できていないとできませんし、アウトプットすることで更にその記憶が上塗り(インプット)され、より強化されます。

「ぼくはアメリカを学んだ」著・鎌田 遵 とても素晴らしい本です。
読みやすいですし 、是非、読んで欲しいです。

例えば、Penultimateという 最後から二番目という意味の単語があります。一生懸命、暗記しようとインプットで覚えようとするよりも、ちょっと覚えたかなくらいのタイミングで誰か友達にでも「Penultimateて単語、知っている? 最後から二番目って意味の単語なんだけど、” Second from the last.” でいいじゃん。綴り長いし存在する意味ある?」とか会話(アウトプット)すると、不思議と一発ですぐ覚えて忘れません。※Penultimateは覚えなくても全く問題なく生きていけます(おそらく)。日本で生活すると、日本語をかなり求められる環境なので、得意・不得意関係無しに日本語が上達します。それは必然的に生きていくために常にインプットとアウトプットをひたすら繰り返すからです。ただ闇雲に英語を勉強するのではなく、如何にして、英語を自分の非日常から日常の自然なものにしていくか、その上で効率的な方法で自発的に英語と触れ合っていくか携わっていくか、というテーマで、先生の動機付けと理論のアドバイスを参考にしながら自分たちに合ったそれぞれの英語学習計画を立案していきました。

【社会で役立つゼミでの学び】

 関ゼミ・関先生を通して色んな経験や色んなことを学ばせて頂いたので簡単に一言で言えませんが、あえて一つ挙げるとすれば「飛び込む」ということです。私は、とても気が小さくビビリで優柔不断で、超フットワークの重い人間です。ただ関先生や関ゼミで「飛び込む」という事を身をもって経験してから、物事の見方や決断が変わりました。残念ながら、その時もう20歳くらいで人格形成されていたせいなのか根本的な性格は今も変わっていません。というよりも、自分自身の性格を「理解」した上で、関ゼミの経験がそんな自分の背中を後押ししてくれるといった感じです(無理矢理やろうとすると自暴自棄の原因になったり非常にストレスです。自分自身も「理解」してあげると良いと思います。)。今でも、超悩み、どうしようかああしようかと頭でっかちで優柔不断で、悩んでしまう自分に悩む人間です。しかし、学生時代を思い出し「まあ、とりあえずやってみよう。やってみてダメだったらその時考えればいい。やってみないと何も分からないから。」と割り切れるようになり、挑戦できるようになりました。
 これは、インド・ネパール研修に参加するという決断が全ての始まりだった事や関先生のお人柄から学ばせて頂いたからだと思います。お人柄から学んだという一例として、ネパール研修後、先生と私は学内でも国分寺駅でも、どこでも顔を合わせば、戦友に再会したかのようなテンションで「あれはすごかったよねー。今日何しているの?飲み行かない?」とよく飲みに連れて行ってくださいました。お互いに興奮冷めやらぬで、あの大感動を肴に、酒を水のように飲んでいました(先生は断酒されたので、これもまたもうできない貴重な経験ですね。)。私は、あのときの大感動を思い出し、余韻に浸って気分よく酔い痴れていただけでしたが、関先生は、ただの感情で終わらせるのではなく、実際にすぐに行動したのです。ある時、突然(それはいつも「突然」やってくる。)「山田くん、僕は決めた。団体を設立するよ。OKバジ(垣見一雅さん)に付いていくって決めた。付いていくからには本気でやるよ。僕は決めたからね。大学は当てにならない(当時の状況では)、個人で行ってもやれることは高が知れている。団体を設立するよ。」と、帰国後すぐに団体を設立しました。その団体こそがAAEE(Asia Association of Education and Exchange:一般社団法人アジア教育交流研究機構)です。最初は冗談かと思いましたが、本当にあっという間に設立されていて凄く驚きました。感動や経験をそのままにせずに形にする表現力、次へ繋げられる力、行動力が凄まじいな、と衝撃でした。そしてAAEEの最初の活動が、書籍『「笑顔の架け橋」ネパールから感謝をこめて』の出版でした(入澤大輔さんの「2008年度活動報告~関ゼミでの学び~」参照)。先生は、ずっと突っ走っています。なので、設立からの12年間、ずっと突っ走ってこられて今日のAAEEの大きな御発展があるのだと思います。「やらない」選択をするのは簡単ですし、「やらない」言い訳を見つけるのも簡単です。また、人間は「やらない」言い訳を見つける天才だと思います。毎日、身をもって感じます。笑
 ただ人生、何事も経験です。経験のない人生なんて味がなく面白くもないです。やらないというのは、やることによって得られるはずの貴重な経験をドブに捨てるだけです。人生一度きり、今この瞬間は一度きり、なので、とりあえずやってみる、行ってみる、読んでみる、言ってみる、聞いてみる等行動してみる。その行動から見えるもの、得られるもの、感じるもの、考えるもの、がまた経験です。食わず嫌いしている暇があったら、とりあえず食べてみる。食べてみて美味いと思うのも経験、不味いと思うのも経験です。そして美味いと思う人がいれば不味いと思う人もいる。どうやって作るのだろう、どんな食材を使っているのだろうと、興味がわき調べてみるという先の動機に繋がるかもしれません。とにかく「動く」「飛び込む」という姿勢が関ゼミの経験や関先生から培われたと思います。今社会で生きている自分にとても役立っています。

【現ゼミ生へ】

東経大で大学生活を送れているだけでも超幸運、さらに、その超幸運の中でも関ゼミに所属しているという超幸運中の超々幸運、自分はスーパー・ラッキーだと是非思ってください。過言じゃないです。笑
私は、東経大と関先生のおかげで、人生変わりました。人間が変わりました。世界が変わりました。今の自分があります。超怪しい痩せる薬のセールス文句みたいで胡散臭いですが、事実です。本当です。
 関ゼミでこれを言うのは元も子もないかもしれませんが、海外に行くこと、海外志向があることだけが素晴らしいということではないです。勿論、全く知らない世界へ飛び込み、全身で感じる学びは何事にも代え難い素晴らしい経験です。机上の講義や教科書や情報も大事だとは思いますが、それとは比較にならないくらい実際に自分で見て聞いて感じる経験、まさに「百聞は一見にしかず」です。「理解」しながら「行動」する。「行動」しながら「理解」していきましょう。
 ただ、何も海外に行かずとも自分の慣れ親しんだ社会にいても「他者」は「他者」ですし、違いを感じることや疑問を抱くことは少なくともあるはずです。海外に目が向いていて多文化を理解し尊重すること・しようとすることは本当に重要なことですし、特に国際化の進む時代で生きていくには、尚更、当然のこととして必要な経験と知識と視野・視座・視点です。しかし、それは海外だけのものではなく身近にも存在していて、遠い海外だろうが身近だろうが同じ「他者」です。随分ご無沙汰して失礼しておりますが、某お世話になった先生(英語の先生です)が、ある日の飲み会(酒席の話ばかりですみません笑)で仰っていたことを思い出します。海外にいると、「日本人と○○人」ちうようにまるで包丁でブツっと切られたかのように全く別物って感じだけど、日本国内にいても同じで、海外だろうが日本だろうがどこにいても自己紹介の時、自分の名前を名乗った次は出身地(国)で、それに対する相手の反応は「○○出身なんだ!」とか「東北なんだね!」「あ、○○(名産品)食べるんでしょ?」とか、ついつい自然と、ステレオタイプでその人の人となりを勝手に当てはめつつ、自分と「他者」として分けています。関係ない話かもしれません。ご年配の方なんかだと、今なんかよりずっと海外が遠く、他の都道府県ですらずっと遠かったことが関係しているのかは分かりませんが、出身のことを故郷(くに)といい「君、故郷(くに)はどこだい?」なんて聞いたりします(私は初めて聞かれたとき馬鹿正直に「日本です。」と答えて大爆笑されたことがあります。)。でも、それがまた、不思議なことに海外で出会う日本人は、日本のどこの故郷出身関係なしに、日本人同士であることに仲間意識が強く芽生え、ザ・日本グループが形成されたりします。海外と日本(自分が慣れ親しんだ世界)で分けて捉えるのではなく、「自分」と「周り」という視座で広い視野をもって欲しいと思います。決して海外志向や海外を否定しているわけではありません。その方が多くの気づきや学びが生じると思うからです。現に私自身は海外志向が強く、海外好きです。何事にも好奇心と感受性、挑戦を忘れずに大いに突っ走ってください。とりあえず飛び込んでみて、やれるだけのことをやって、スポンジになってガンガン吸収してから、自分なりの答えを見つけて欲しいと思います。私は関先生をはじめ東経大の先生方、学生生活を通して、様々な価値観に触れ世界が広がりました。何が正しい、何が間違っている、ということは無いので、自分で自分の枠を設けたり、限界を決めたり、何か間違いを恐れたり、周りに遠慮したりせずに等身大の自分が思うこと、感じることを素直に受け止め、またそれを臆せず発信して、大いに暴れて、大いに恥をかいて沢山後悔して欲しいです。関先生は、常に等身大で飾らず、子供のように超素直でピュアです。「変」はネガティヴな意味で良く使われていますが、私にとっては最高の褒め言葉です。「変わっているね。」は「ありきたりのありふれた、よくその辺にいる人じゃない何か特別な魅力が備わっている人だね。」という解釈だからです。「皆がそうしているから」とか「テレビで言っていたから」とかではなく、そういう情報を咀嚼して自分で自分の答えを見つけて欲しいと思います。最後になりますが、ありきたりのフレーズで、すみません。学生時代は人生で一度きりなので、よく学びよく遊び、ガンガン吸収して無駄なく過ごしてください。結局、無駄だと思っていたことも後で、無駄じゃなくて良い経験だったじゃん、て気づきますが。笑

※本文であえて「超」を多用しているのは、「超」を愛用する先生に敬意を表して。認識違いや記憶違いがありましたら予め御容赦ください。

【ページ作成の協力者】

先に言っときます。京都タワーではありません!クアラルンプール・タワーの前で、
飲み終わりそうなタピオカティーと筆者。

・山田圭人

・21世紀教養プログラム

・職業:30以上の国籍の従業員からなる某欧州系企業。マレーシア・クアラルンプール在住。現在はコロナで大いに勤め先の経営斜陽中。不安定な先の見通しのつかない状況の中、明日の我が身がどうなるのか大変な不安を感じながら6国籍7人のハウス・メイト達と都市封鎖(ロック・ダウン)生活中。