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2019年度活動報告~クラウドファンディングへの挑戦~

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皆さん!こんにちは~こんばんは! 2019年関ゼミは幅広い年代が集まる超党派のゼミでした。まさかの1年生が単位なしで聴講生になり、4年生も就活の合間を縫ってリハビリ参加、AAEEとの一大プロジェクトなどなど。 さらに大学内で「関ゼミ」の名前が広く知れ渡りす・ぎ・た年でもあります。(笑) まずは、年間のスケジュールから見ていきましょう。                                   【年間スケジュール】 数々の快挙を成し遂げた勇士たち 4月 研究室ピザパーティー(2019関ゼミ発足) 5月 ◎クラウドファンディング準備(申請書類作成)     ・AAEE JICA報告会イベント参加     ・特別講演会第1弾(講師:Mailyさん/前年度ベトナム研修の現地リーダー)     ・高校教員向け大学説明会(東経大を代表して参加) 6月 ・ゼミ合宿@武蔵村山キャンパス     ・特別講演会第2弾(講師:関ゼミレジェンド北野先輩)     ・第1回ゼミOBOG会@国分寺(史上初開催)     ・朝日新聞タイアップ「大学力」の取材を受ける    ◎クラウドファンディング開始(支援者を集めて目標の80万円目指す) 7月  ・第2回ゼミOBOG会@新宿    ◎クラウドファンディング支援者集めのために複数企業訪問 8月 ・東経大オープンキャンパスで大学を代表して参加    ◎クラウドファンディング80万円達成 9月 ・ネパール研修(2週間)     ・ネパール全国紙に取材を受け、翌朝の記事になる     ・日本-ネパール国際学生サミット2019開催@ネパールシャムロックスクール 10月 ・海外ゼミ研修学内報告会     ・学内情報誌「大学報臨時号」にて関先生と学生2名が掲載される 11月 ・ゲストスピーカー講演会(講師:Jasonさん)     ・ネパール貧困地域における生活実態調査     ・ネパール日本学生の留学意識調査     ・AAEE合同学生交流プログラム報告イベント@JICA地球ひろば 12月 ・学内ゼミ研究報告書に4名が参加     ・TKUマルチリンガルフェア開催(学長先生も参加されました)     ・第1回クリスマスパーティー@某ゼミ生宅

2018年度活動報告〜貧困と教育〜

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こんにちは!今回は 2018 年度のゼミ活動をご紹介していきたいと思います! この年度のゼミは昨年からの継続生4名に加え、新たに3年生3名と2年生3名が厳しい選考を通過した学生たち。真面目に淡々と 1 年間走っていくかと思いきや、、、 2 人の聴講生がスタート2ヶ月でいきなり 70 名集める大イベントを企画 / 開催したり、前代未聞の関内閣が発足したり色々起こりました(笑)  またグローバルゼミだった昨年度と大きく違って 2018 年度のゼミは、なんと ALL JAPANESE 集団のゼミ! しかし年間テーマは国際的な問題である「 Poverty & Education (貧困と教育)」と難しいものでした。  国際的な学びや活動が多い関ゼミで、どのように1年間が過ぎたのでしょうか??  それでは、まず年間スケジュールから見ていくとしましょう! 【年間スケジュール】 4 月 ・関ゼミ 2018 発足  w/2017OB&OG メンバー ・関昭典内閣発足?! 5 月 ・ AAEE 10周年記念イベントに 突撃参加 / 突撃取材 ・講演会 vol.1  韓国語のプロ通訳 / 翻訳家 「ツァイ 睦実さん(なんと関ゼミ1期生!)」   →海外に興味があるけどどうすればいいか分からない人のための自己実現法 6月 ・ゼミ合宿@武蔵村山キャンパス ・ TKU ENGLISH FAIR 2018 開催 ・講演会 vol.2  ネパール支援家「垣見一雅さんこと OK Baji さん」   →名言: The surest way to be happy is to make others happy. 7月 ・リンさん( 2017 年関ゼミ生 ベトナム人学生)のお母様来訪 8月 ・ AAEE Team Mero Sathi 参加@ JICA 地球ひろば  ・ベトナム研修直前準備(プレゼンテーションやダンスを猛練習) 9月 ・ベトナム海外ゼミ研修(2週間)   →ホーチミン経済大学 (TOP2 in VN) の学生と交流 ・講演会 vol.3 枯葉剤被害者「グエンドクさん」   →戦争の悲惨さと平和への願い

2017年度活動報告 ~関ゼミでの経験~

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 2017年度関ゼミは「スーパーグローバルゼミ」と名を馳せ、7ヶ国13名のゼミ生が学内外であらゆる活動に取り組み、一生忘れることのない唯一無二の経験をしました。また広報課にも多くの活動記事が掲載され、SNSを通じて国内外に発信されました。楽しいこと、面白いこと、辛いこと、きついこと、そしてまた楽しいこと。それらを積み重ね、共に過ごした仲間たちとの友情は何年経っても色あせないことでしょう。 【年間スケジュール】     【ネパールでの活動内容】 ネパールでのチームビルディング まずは、現地の学生とアイスブレイク。自由気ままに自分が思うように体を動かし、現地の学生とペアになってダンスを踊りました。初めは恥ずかしく、周りを気にしてしまう人たちもいましたが、皆が面白おかしいダンスを踊っているから次第に恥ずかしさもなくなり、楽しさだけが残りました。そして、日本人・ネパールの学生それぞれが歩み寄った瞬間でした。アイスブレイクの後はUN Womenを訪れてジェンダーについて学び、ネパール学生と白熱したディスカッションを交わしました。 ※UN Womenとは、United Nation Enity for Gender Equality and Empomerment of Women(ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機構)の略称。   ネパール代表料理「ダルバート」 水・電気・インターネットが全く無い3つの貧困村を数日かけて訪れました。貧困村で生活する人々の家にホームステイし、その人たちが食べるもの、生活スタイル(シャワーは3日に1回など)、言葉(ちょっとした単語)、文化(食事は手で食べるなど)、など私たちも村民と同じように時間を過ごしました。また、各貧困村では小学校を訪れ、日本やベトナム・フィリピン・中国など様々な国の伝統ダンスを一つにしたパフォーマンスを披露したり、小学生たちが勉強になるような授業を行ったり、パソコンの寄付や日本の文化でもある折り紙体験会を開催しました。日本への帰国前には、モンキーテンブルという有名な観光地を訪れ、現地の学生との最後の思い出を作りました。 【思い出】 最高のチームでした! 現地の学生とたったの2週間という時間を過ごしましたが、その時間が一生の友達を作らせてく

2016年度活動報告~SDGsへの取り組み~

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【年間スケジュール】 4月  VJYE2016スタート テーマをSDGs(持続            可能な開発目標)に決定。 6月  垣見一雅氏(OKバジ)特別講演会開催 7月  英語の学習方法講演会、1泊2日ゼミ合宿 9月  ベトナム研修(9月3日~16日) 10月 論文作成、ゼミ報告会 12月 他大学の学生、高校生と合同報告会 3月  「TKU進一層賞」にて優秀団体賞受賞 【SDGsを目指して】 タライ村 みんな笑顔  私たち2016年度の関ゼミでは、SDGs(持続可能な開発目標)をテーマとして一年間活動しました。その中でも、環境、貧困問題、戦争、そしてパートナーシップを主としてベトナム学生と共に、研修を通して学んでいきました。ホーチミンでの大学や小中学校、一般家庭への訪問、町でのごみ拾い活動、ドクさんのベトナム戦争に関する講演、タライ村での生活などを通して様々なことを知り、考えていきました。  また、学ぶことと同時に、街に出かけたり、スポーツ大会をしたりしてベトナム学生と交流を深めていきました。私が研修の中で一番印象に残っているのは、タライ村で過ごした日々です。ここで過ごした日々は、関ゼミでなければ経験できなかったと思います。携帯も使えず、暖かいシャワーもなく、普段の生活から考えるととても不便でしたが、サイクリングやいかだレース、ベトナム伝統の遊びやゲームなどを通して、SDGsの課題の一つであるパートナーシップをベトナム学生と深めていったことは今でも忘れられない思い出です。  また、タライ村ではゴミ箱を設置するというボランティア活動をしました。ただ単にボランティアをするのではなく、その村のニーズに合うもの、持続が可能なもの、そして見返りを求めず、人々の幸せを考えることがボランティア活動をするにあたって重要であると感じました。海外でのボランティア活動というのは、「貧しくてかわいそうな人を支援する」というイメージが強いかもしれませんが、実際に私が見たタライ村の人々は皆とても笑顔で幸せそうな人ばかりで、貧困であるという事が必ずしもその人の不幸や心の貧しさに繋がるわけではないという事が分かり、改めて自分の普段の行いや考え方を見直すきっかけにもなりました。   【講演会やSNSを通して】 国

2015年度活動報告 ~Mero Sathi Project~

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すべての始まりとなった一枚 【ネパール大震災復興支援プロジェクト】  2015 年度の関ゼミは従来通りアジア圏での学生交流に向け、現地で催すダンスの練習や日本文化紹介の準備を始めていましたが、開始早々ネパールで大震災が発生。 その日のうちに SNS で世界中の仲間たちに呼びかけ、支援の輪を広げる活動を 開始、世界へ発信した最初のメッセージ写真は250万人もの人々に届く大反響 があり、ゼミ内容は急遽方針転換、まだ数回しか顔合わせしたことのないゼミ生たちの怒涛の一年が始まりました。 【自分たちで考え、行動する】   様々なメディアに取り上げられました 震災後1回目の授業で私たちに何ができるのかを話し合い、関ゼミの先輩方が過去のネパール研修で現地の「笑顔」がもたらす力を学んで来られた事から、今度は私たちが笑顔を届ける番だと、動画によるメッセージ配信、特注ラバーバンドの販売、街頭募金活動など、ゼミ生が一丸となって復興支援プロジェクトに取り組みました。 【実際にネパールへ】 マイダン村の学校にて  私たちの活動はテレビニュースや新聞各紙に取り上げられ、一躍大学を牽引するゼミとなりました。そして実際に現地へ行き笑顔を届けるとともに「英語に限らず相手に通じる言語の大切さ」と「相手の文化を尊重し、理解しようとする姿勢の大切さ」を学び、本来のゼミの目的である多文化理解をも深める事が出来ました。帰国後には大学の一教室にお集まりいただいた130名以上の来場者を前に活動報告を行い、2015年度の関ゼミを締めくくりました。 ※今回は簡易的な年度別活動報告との事ですので、詳細は過去の報告資料をご参照下さい。書ききれない事がたくさんあります。 【ページ作成の協力者】 ・石井侑登(2017年卒) ・学部:経済学部国際経済学科 ・職業:セコム株式会社 ~現ゼミ生へのメッセージ~ 私にとってあの激動の一年をともに乗り越えたゼミの仲間たちは宝物です。 2015 年度の関ゼミは従来のアジア圏での学生交流に加え、急遽発足した Mero Sathi Project も並行して行うという特殊な

2014年度活動報告~ベトナムの思い出~

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【年間スケジュール】 ゼミ合宿 5月    ベトナム側とプログラム作成の開始       ベトナム側⇒プログラム作成         日本側⇒プレゼン資料や               ダンス、歌の準備 準備とリハーサルの日々!! 9月    ベトナム研修 帰国後  研修での学びを発表 【ベトナムの思い出】 ベトナム人との食事(右も左もベトナム人) ベトナムの学生とほぼ24時間(寝る時間以外)共に活動するので、ベトナム人の考え方、文化などを間近に感じることができました。研修中に、急なプログラムの変更もあり、その対応に追われ、ホテルに戻っても夜遅くまで翌日の準備をする中で、日本人学生同士もお互いに仲良くなれたことが思い出です。 【ベトナム活動の発信方法】 帰国後、それぞれテーマを決めた後にレポート作成、発表をしました。また、他大学の学生と一緒に研修結果発表のイベントを作って、発表の機会を設けました。他大学生と交流したことで、ベトナム研修とは違った刺激を受けることができて良かったです。 【一年間のゼミ活動で達成したこと】 Mero Sathi活動、Mero Sathiビデオの撮影  MeroSathiリストバンドの販売⇒売上金をネパールの学校支援に寄付 【ページ作成の協力者】 ・村上裕一 ・学部:経済学部 ・職業:総合鉄鋼商社 営業部 ・中野優子 ・学部:経営学部 ・職業:船舶保険会社 契約部 ~社会で役に立つゼミでの学び~ 意見が異なる時、チームとして一つの答えを導き出す力 ~現ゼミ生へのメッセージ~ 関ゼミで学習したことは社会人になって役に立つことばかりです。日々の活動を大切に取り組んでください!研修で出会った人たちも、関ゼミにいた期間は一生の思い出になります!

2013年度活動報告~ベトナムからの学び~

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【ベトナムでの研修】 初代 Vietnam-Japan Youth Exchange   2週間の研修 思い出 初めての海外で全てが楽しく、自分の知らない世界で暮らす人たちの生活が新鮮でした。研修に対する思いや、意気込みを肌で感じて、自分は努力や情熱が全然足りていなかったと感じました。 【ベトナムの学生達から学んだこと】  ベトナムに生涯の友ができた 上手く話せなくても、自分の意見をしっかり伝えようとしてくれたり、発音が聞き取りづらくても分かるまで諦めずに聞いてくれたりする姿勢が印象的でした。また、その場その場で瞬時に状況判断して、問題解決ができていました。初対面であっても、初対面ではないように接してくれ、言葉の壁なんて薄いんだという事を学びました。 【翌年のベトナム留学(1年間)】  ベトナム人は何て素敵なんだ!と感動の連続の1年 ~思い出~ 留学していた時間全てが思い出です。頼れる人のいない国で、自分自身で全てを決める生活が人として成長させてくれました。日本人であることが特別だという事を留学を通じて強く感じました。自分たちは生まれた場所が日本という事だけで優遇され、凄い人間であると思われていたことに驚きました。 ~学び~ 言葉、行動の一つ一つに責任を持つ必要があることや、人生は自分次第でもっと面白くできること 【留学後のゼミ活動(2015年度) Mero Sathiプロジェクト】 ~思い出~ ゼミ活動を開始して早々、ネパールで地震が発生したのをきっかけに、ゼミメンバー全員でネパール支援のために何ができるかを考えました。各自がそれぞれ知見を出し合ってラバーバンドの作成、販売、募金活動を行うことで、最終的に76万円の支援金を集めることができました。 ~学び~ チームで働くことの楽しさや、やりがい。また、必死に何かに取り組む1日1日が繋がり、努力の結晶の形が完成した時の感動  募金活動は大変だったけど懐かしい 【ページ作成の協力者】 ・青嶋一輝 ・学部:経営学部流通マーケティング学科 ・職業:株式会社ユニクロ ~社会で役に立っているゼミでの学び~ 常に前を向いて行動し、結果を見て次の行動に移すPDCAサイクル どんな状況に直面しても、

2010年度活動報告~ネパールでの生活~

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【ネパールに行ったきっかけ】 マイダン村 きっかけは4月、関ゼミが始まってすぐに関先生と2人で学内を移動中、突然関先生から言われた一言でした。「ネパール行かない?」 当時の私は、ネパールに関する知識ゼロ。一体どこにある国なのか、どのような情勢の国なのか、全く知りませんでした。当然、今の私であれば検討する時間が必要だと感じますが、当時は怖いもの知らずでした。「経験」に対して貪欲だった私は、「はい、行きます。」とその場で即答。実は、ネパールに行こうと思った明確な理由などは無く、知らないことを経験したいという「強い好奇心」ひとつから、全てが始まりました。 【マイダン村】 私から決して離れなかった子供たち ネパールでは驚きの連続でしたが、「電気・ガス・水が通っていない」村、”マイダン村”での生活は衝撃を受けることばかりでした。案内してもらった家は、赤い土でできており、家の中にはハエが沢山飛び回っていました。外では、犬やニワトリが自由に歩き回る素敵な光景が広がっているかと思いきや、道に何やら黄色い物体を発見。よく見ると手の平サイズのイモムシのようなものが。こうした生き物たちを普段見ることは無いので、自然界を身近に感じた出来事のひとつでした。 【ネパールと水汲み】 ボロボロの服、でも目はキラキラ  各家庭に水道も無いので、朝は水汲みから始まります。村に1つある水汲み場に女性たちが集まっていました。しかし、それだけでは十分な水が得られないので、子供も含め若い女性たちが毎日山を1時間下って、川に水汲みに行っていました。水汲み場は「交流の場」になっているようで、女性たちが楽しそうにしているのが印象的でした。女性や子供が、生きるために重労働。世界の貧困の現場を目の当たりにしたのです。しかし、当時の私は自分のことに精一杯で、そのようなことを考えている余裕もありませんでしたし、知識も足りていませんでした。 【ネパールで学んだこと】 あの時あの場所に戻りたい 日本では、他人と自分を「比べる」ことが容易にできます。テレビ、インターネット、SNS...願わなくても他の人の情報が入ってくる環境など。自分よりも恵まれた人の情報にばかり目が行き、自分たちがどれほど恵まれているか気づけないでいるのかもしれません。私たちの「当たり

2009年度活動報告

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【関先生という衝撃】 ネパール・パルパ県の道中の売店 で水を買う関先生(筆者撮影)   関先生は、一言で言えば「変人」です。私と先生の出会いは、東京経済大学(以下、東経大)に入学したばかりの4月でした。今でも覚えていますが、入学直後の履修申請期間中に先生は「ネパール(研修)は初の試みで、今もまだ調整中です。何があるか知りません。なので、わかりません。とても過酷なのは確かです。インド(研修)は、はんぱないです。中途半端な気持ちで応募しないでください。とにかく覚悟して応募してください。」と、言葉とは裏腹にとても爽やかな笑顔で説明してくださいまし た。引 率の教員が、何があるのか「知らない」「分からない」なんて、なんという告知をするんだ、と超衝撃でした。当時、何か経験して何か学んで何かを変えたいと日々鬱々と悩んでいた私(当時の私を関先生はよくご存知です。) は、この先生の話(脅し) を聞いて直ぐに応募しました。(※ 21 世紀教養プログラムには、全学年対象のオフキャンパスプログラムというのがあり、ゼミとは別に夏休みに課外授業を行う科目がありました。希望すれば履修(参加)できました。 【インドの衝撃】  マザー・テレサのお墓と祈る人たち(筆者撮影)   イ ンド研修は、インド東部の都市コルカ( Kolkata )のマザー・テレサの施設でのボランティア活動をしながらホームステイをするものでした。マザー・ハウスは、カリガート(死を待つ人の家)が大変有名で代表的なものですが、私はシュシュババン(子供の家)という孤児の施設で朝からお昼ご飯までボランティアをし、お昼ご飯後は自由行動でした。到着したコルカタは、茶色でした。道は舗装されておらずデコボコ、車が通れば茶色い砂埃が立ちこめ、果たして収集するのか分からない茶色いゴミがところどころに点在し、川は濁流で茶色でした。狂犬病持ちの何のために生まれてきたのか分からない醜悪な野良犬がその辺を生気なくウロウロしており、犬と人間が全く互いを認知しない無視しあっている不思議な光景だったのを覚えます。ただ毎年、人が犬に襲われ狂犬病で亡くなる事例は発生しているので、特に夜間は犬を避けるため通行人による犬除けの「ピューーーーーッ」という笛の音がしていました、犬だけでなく先生の睡眠もまた、これに妨げられていたようでした。水でお腹を壊すということで、飲まな