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11月, 2019の投稿を表示しています

Jason氏 講演会

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 11月12日は、関ゼミ恒例の外部からのゲスト講演会を開きました。今年3回目となった今回は元東京経済大学の英語特任講師であり、関先生の昔からの友人でもある、Jason La Greca氏をゲスト講師として招かせて頂きました。講演会のテーマは「Pros and Cons of Japanese」(日本人の長所と短所)というもので、日本の大学で講師として5年間、活動していた経験のあるJason氏の思う、日本人の考え方の特徴について教えていただきました。Jason氏によると、日本人の多くはいつもネガティブ思考であり、誰かがミスをするとその人を必要以上に責めてしまう傾向があるということです。この内容は、ゼミ生一同が共感しながら聞いていました。そして、Jason氏の日本で働いた経験から、「多くの日本人は少しでも日本語を話せる外国人を見つけると普段の日本人と話すときと同じように接し、時に厳しくする人が多い」という日本人の特徴も教えてくれて私たち日本人にとってはとても面白い内容でした。また、Jason氏が仰った、「仕事は一番重要なことではなく、個人の時間を大切にする必要がある。」や、「自分の人生は後から自由に変えられるものである。」という言葉は特にこれから就職活動が本格的に始まる3年生には自信につながるいいアドバイスでした。その他にも日本と海外の会社の組織の違いなども教えていただき、今後の学生が将来を見つめ直すいい機会となったと思いました。貴重なJason氏の来日期間に東経大に来て、このような素晴らしい講演会を開いて頂きありがとうございました。  On November 12, we held a sepecial guest's session which is one of Seki seminar's established events. This was the 3rd time in this year which we invited Mr. Jason La Greca who had been an English pre-specially appointed professor at TKU and also has a long relationship with Prf. Seki as the guest speaker. Thi...

ネパール研修報告書(9)ともに考えるグローバルパートナーシップ

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ネパール研修報告書の毎日投稿、ついに最終回となりました! タイトル:ともに考えるグローバルパートナーシップ  海野 真由                 私は『小さな世界』という歌に正直共感できないし、綺麗事を言っているようで嫌いだった。みんなそれぞれ助け合うなんて絶対に無理だと思う。「相手の立場になって考えろ」「自分がされて嫌なことは他人にしちゃだめ」私たちは小さい時からそう教えられてきたのにそれが時に困難であるのは、自分も含め、この世の全ての人間が自己中心的で、自分を肯定するための言い訳を常に考えていると思うからである。自分が生まれた環境で形成された「当り前」から離脱して客観的に自分の当り前を見ること、相手の当たり前を理解することは相当難しい。だから『小さな世界』で歌われている世界を作ることは不可能だと思っていた。しかし、クラウドファンディングや研修事前準備などを通じてグローバルパートナーシップの大切さを学ぶことにより、少しこの歌の意味がわかった気がする。 クラウドファンディングから始まり、ネパール研修が終わるまでの約半年間は私の大学生活の中で最も忙しく、精神的にも大変な思いをした。しかしそれはとても印象深く、一生忘れることのできない濃いものだと思う。まず、私はこの研修には参加していない。持病のため研修に行けないと告げられた時、今までの活動が無駄になってしまうのではないかという恐怖と、私が得られる学びはあるのかという疑問が私のゼミに対するモチベーションを下げてしまい、すべてのことに対してやる気が起きなくなっていた。しかし母の「後悔しないの?」という一言で、後悔だけはしたくないと思い、諦めずゼミ生と共にここまで活動することができた。もしタイムスリップできるのならば、私はその時の自分に「諦めなくてよかったね」と言ってあげたい。     研修の準備段階で、ネパールの現状を先生や先輩方から聞いたり、自分でも本を読んだり、私なりのネパール像があった。日本のようなインフラ整備が整っていなく、満足のいく食事もできないだろうと思っていた。研修後、ゼミ生たちから「ネパールのトイレは汚いし、流れない」「ダルバート(ネパールの家庭料理)が不味かった」「日本の綺麗さを改めて実感した」など、まさに私が予想していた感想が飛...

ネパール研修報告書(8)より深まったネパールの理解

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タイトル:  より深まったネパールの理解               遠藤 貫太  私は、ネパールへの訪問は 2 度目であった。そのため今回は、前回とは異なり、4年生であることから自らの将来的なキャリアアップを目的として参加をした。近年、目まぐるしく成長を続けるアジア地域の中でも、多くの可能性があるネパールにおいてを人脈を広げ、その分野における理解を深めることで現在私が持つキャリアゴールの達成に近づくと考えたためである。しかし、本プログラムを通しての学びは、その目的に限った学びだけではなかった。また、それは目的以上に印象深く、大切なものであった。それらを本レポートで述べる。 ネパール訪問中、ネパール人学生にアルバイトは何をしているのと質問したら特にしていない。とほとんどの学生が口を揃えて言った。そして、彼らは加えて『ネパールでは、雇用機会が極めて少なく、学生は特に仕事を得ることは極めて難しい状況にある。』と言ったのである。 日本では、学生がアルバイトをしようと考えれば多くの選択肢があり、容易に仕事をすることができる。一方、ネパールでは、ほとんどの学生がそうではない。アルバイトだけでなくインターンシップさえも学生では相手にしてもらえない現状がある。この背景として、多くの企業は、学生は、学びの過程にいるため働くには十分の知識を備えていないという価値観を持つ為、主に学位ないしは博士を取得した人々を採用対象にするということがあるらしい。 確かに、企業の考えている通り、大学や大学院を卒業した人々の方が知識を備えているかもしてない。しかし、教室で得た知識をすぐに仕事に還元できるかどうかはまた別の話になると私は考える。そして、学生のうちにアルバイトやインターンシップを経験することは、社会や会社の一員として、働くとはどういうことなのかを理解することに加え、社会に出た際に培った経験を基に社会生活や業務へ適用しやすくなることに繋がると言った非常に価値ある経験を得ることのできる為、学生にとって大切な活動であるとも言えるだろう。企業が可能な限り学生をアルバイトやインターンシップで雇い、実際に学んでいることをアウトプットする環境を提供できれば、学生は仕事というものを理解するだけでなく、教室で得た知識を使うことより“実践的な学習”や職場環境への適応が比較的...

ネパール研修報告書(7)親子愛を感じない日本人 

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タイトル: 親子愛を感じない日本人                       尾崎 万葉  私は研修に参加する前、進路のことで両親と喧嘩をしていました。そして両親と和解することなくネパールへ旅立ちました。そんな私がこの関ゼミの研修で一番学んだことは一つ。ネパールの親子愛の深さです。 実際にネパールに行き、学生と会って、会話を重ねるうちに妙なことに気づきました。それは現地の学生が 1 日のうちに親や兄弟・親友と何度も電話をしているということです。ネパール人の学生がバスに隣同士で座っていているときにも電話を取ります。そしてそのネパール人が話している電話の相手が彼らにとって身近で大切な人だからこそ驚きました。私は普段、友達や知人としゃべっているときに人から電話がかかってきたときには基本出ないようにしています。なぜならその友達に時間を奪う気がして申し訳なさを感じるからです。私はネパールで過ごしているとき、一度も親と連絡をとりませんでした(研修前に喧嘩をしていたからではなく)。もはや親は私がいつ帰ってくるかを把握しているくらいだと思います。それに対して 1 日のうちに何度も連絡をとるネパール人の学生と両親。その絆の固さに驚きました。 10 日目のサミットでの副ゼミ長による感動的なスピーチを行っているときのことです。彼女が家族の支援もあって成功することができたと話しているうちに、自分は自然と涙が出てきました。大学 4 年の私と大学 3 年の弟が奨学金をもらっているような貧しい家庭にも関わらず、クラウドファンディングのため 1 万円を私に渡してくれた両親を思い出したからです。その時に喧嘩をしている最中ではありましたが自分は人生で初めて家族に会いたいと心から思いました。しかし家族にいきなり連絡をとったら変に思われると思ったことに加え、普段からそんなに連絡をとるほうではないことを理由に何もしませんでした。 そしてネパール人学生と日本人学生みんなで研修を通して最後のリフレクションを行っているときのことです。あるネパール人学生は、ネパール人が親と頻繁に連絡をとるのに日本人学生が全然親と連絡を取らないと話していて気付いたことがあります。それは自分が感じているこの寂しさこそが精神的貧困だということです。自分は今まで自分の家族は普通に仲のいい方だと勝...

ネパール研修報告書(6)幸せと価値観

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タイトル: 幸せと価値観                           井原千怜  私は急にネパールのこの研修に参加することになった。私はネパールが発展途上国でアジア最貧国なことは知っていたが実際にネパールがどんな国なのか想像がつかなかった。 私のネパールの第一印象は「未知の国」。東南アジアとは何か違う。私が訪れたことのないなにも想像のつかない世界だった。初日に感じたことは、道路が整備されていないというところだ。道の端のところは凸凹していた。また、電線も整備されずにケーブルが絡まり合っているのを見て、初日でアジア最貧国に来たのだと実感した。 私はこの二週間ネパールの学生と過ごす中で彼らからたくさんのことを学んだ。クラウドファンディングのミーティングをしているときに思ったことはネパールのメンバーはみんなネパールの社会について理解しているということだ。私は日本の社会や日本の現状についてそこまで詳しくなかった。彼らを見て私も自国のことをもっと知らなければいけないと思った。一つの物事に対しての価値観・考え方がみんな違うということがよく分かった気がした。なぜなら、ほとんどの日本人は意見を人に合わせるという傾向がある。しかしネパールの人たちは「自我」をしっかり持っている。私たち日本人は一人一人が「自我」をしっかり持ち、意見を堂々と述べられるようになるべきだということを彼らから学んだ。 二日目にはmonkey templeというお寺に行った。ネパールメンバーがここのお寺は三つの宗教の人が来れるお寺だと教えてくれた。ネパールではヒンドゥー教の人が多いが仏教、キリスト教の人たちもいる。monkey temple にはその三つの宗教の建物があった。一つのお寺に三つの宗教の建物があるのは面白いと思った。他国の宗教についていろいろ知識を増やしたいと思うようにさせてくれた場所だった。 六日目にはジープに乗り約6時間かけて山の頂上のマイダン村に行った。そこで私は大きな衝撃を受けた。一言で表すと縄文時代にタイムスリップした感覚だった。今の時代でこのような場所に住んでいる人がいるのかと衝撃を受けた。 まず、料理する際に火を焚くということ。ニワトリが食用で家で飼われていること。水をタンクに入れて貯蔵していること。家が土でできているこ...

ネパール研修報告書(5)ホームステイ体験を通して感じた、経済発展の差の要因

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タイトル:ホームステイ体験を通して感じた、経済発展の差の要因 鈴木 詩織 1 年生である私が、この研修に参加するきっかけは突然だった。 4 月のある日、英語の授業が始まる教室に入ろうとした時に、先輩と思われる集団から「ネパールに行かないか。」と急すぎる誘いを受けた。私の大学4年間の目標は、価値観と人間関係を広げることだ。「ネパールに行ったら、価値観広がるかも。」と、特にネパールについて調べることなく、研修内容についてもよく分からないまま、勢いで参加を決めた。  参加を決めてから、ネパールにはエベレストがあり、アジア最貧国だということも知った。出発3日ほど前から、緊張と期待と不安が混ざり合った複雑な感情が続いた。ネパール人メンバーと初対面したあの日からのネパールでの約2週間は、毎日が刺激的で振り返るとあっという間であったが、特に印象的だったホームステイ体験についてここでは詳しく述べようと思う。  私達は、 2 つの村にホームステイをさせて頂いた。 1 つ目の村は、マイダン村という小さな山の上にある雲の中の村だ。タンセンにあるホテルから、ジープに乗り込み、雲を下に眺めながら約 2 時間半。マイダン村に着いたその瞬間に思ったことは、「なぜここに人が?」ということだった。山に囲まれたその村は、人口は少なく、ガスはない、電気や水道などは十分と思えないような貧しい村だ。そこはまるで、縄文時代。藁の屋根に、土の壁。マイダン村で生活した 2 日間は、窓、時計、スマートフォンなど、日本ならどこにでもある物がなく、まさにタイムスリップ体験だった。 2 つのベッドが用意された 3 畳ほどの部屋をお借りし、 2 日過ごした。   2 つ目のホームステイ先の村は、マイダン村から山を下り、川を渡り 4 時間ほど歩き辿り着いたリンネラハ村。マイダン村より、人口は多く、ガスも通っており、マイダン村にはない、お店やレストランがあった。マイダン村から移動してきた私達には、この大きくはない村が大都市に見えた。私のホームステイ先には Wi-Fi やシャワーがあり、他のメンバーのホームステイ先よりも裕福といえる家にお世話になった。 これらの2つの村で私はそれぞれのホストファザーにインタビューをさせて頂いた。そのうち特に印象に残った2つの質問についてここで取り...

ネパール研修報告書(4)リスペクトから見えたこと

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タイトル:リスペクトから見えたこと                   西澤 朱里 私にとって2週間家族以外とこんなにも時間を共にするという経験は初めてで、ましてやネパールという旅行の目的地としては思いつかないであろう国での体験は毎日が驚きの連続で目の前で起こることに向き合うことに必死であっという間に過ぎてしまった。しかし、この研修は間違いなく私の人生で最も濃い内容の2週間だった。 「この研修中で難しい状況になった時一番大切なことは周りの人に対するリスペクト」 ネパール研修初日のオープニングセレモニーで関先生がまだ出会って数時間の私たち関ゼミ生とネパール人学生に言った言葉だ。これが異文化理解で最も大切なことだと研修前から教わってきた。私はネパールの文化をそのまま受け入れることが一番の敬意を示す方法だと考えた。だからネパール人のようにダルバートを手で食べたり、覚えたネパール語を現地の人に使って話しかけた。また、ネパール人メンバーも日本語や日本文化に興味を持ち、この言葉を日本語ではなんていうのか、日本の生活はどうネパールと違うのかしきりに質問された。このように私たちは頻繫にお互いの文化を交換してきた。特に私が一番好きなネパールの文化はリスペクトと親しみを込めて「全員を家族」と考えるということだ。そのため年上の男性をダイ(お兄ちゃん)、年上の女性をディディ(お姉ちゃん)、年下の男性をバイ(弟)、年下の女性をバイニー(妹)と呼ぶ。ネパール人学生とレストランに入った時やおみやげ屋さんに行った時、見知らぬ人に対してでさえダイ、ディディと呼んでいたことに驚いた。初めて出会った人に対しても相手への敬意を忘れず、家族のように接するネパールのこの文化が私はとても好きになった。実際に私が村にホームステイをした時も、言葉もわからない異国から来た私を家族として受け入れてくれ、村の子供たちがディディと呼んで慕ってくれたことが忘れられない。日本人は、ここまで温かく見知らぬ外国人を受け入れられるだろうかと疑問に思った。この文化に倣って私たちはプログラム中はダイ、ディディ、バイ、バイニーといったネパールの兄弟を呼ぶ愛称でお互いを呼びあった。呼び方を変えただけでも、私たちは家族になったような親密な気持ちになり私たちの絆はさらに深まっていったように思う。 ...

ネパール研修報告書(3)後悔と経験

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タイトル:後悔と経験 小山純平 この報告書では、「後悔」と「経験」について書きたいと思う。まずは、「後悔」について。「このプログラムに参加する前、大きな不安があった。それは、「英語力」である。関先生にもそれについては言われており、自分なりに英語の勉強を頑張ってきた。そして当日を迎えた。最初は、思っていたより、コミュニケーションが取れていた。自分の成長に少し驚きもしていた。しかし、ネパール人学生と過ごしていくうちに自分がやはり英語の壁にぶつかっていることを感じた。それは、「会話はできても、議論ができない。」である。この研修に参加することの最大の利点は、「現地のネパール人学生と、貧国などの問題について意見交換ができる。」だと思っていた。しかし、それは英語が出来てのことなのだと感じた。ネパール人学生はみんなとても優秀で、このプログラムには貧困と教育、幸せについてたくさんの自分の考えが想いを持って参加してきてくれていた。私は、それを何回も繰り返してもらいながら理解するので精一杯だった。本当に悔しかった。自分も、「思ったこと、感じたこと」を「言語化」して話そうとしたが、その「言語」が、英語か日本語かだけでこんなにも難しいものだということを痛感した。しかし、この悔しさは自分の英語学習への高いモチベーションとなった。帰った今では、プログラムの前以上に真剣に英語学習に取り組んでいると思う。なぜ今まで以上に頑張っているか言うと、やはりあの研修での「後悔」があるからだと思う。そして、来年どこで行われるかまだ分からないが、絶対にまたプログラムに参加してこの悔しさを晴らしたいと思う。 次に「経験」について。これについては、マイダン村でのホームステイ生活について述べる。マイダン村は、今まで僕が人生で行ったどの場所よりも衝撃を受けたところだった。家はすべて木や土で作られていて、夜は村全体が暗闇に包み込まれて、ライトがないと歩けないほどだった。ボーイスカウトの経験があり、自然に囲まれた生活には慣れている方だと思っていたが、最初は衝撃を受けるものばかりであった。しかし、徐々にその村生活も楽しくなり、全体を通してストレスも他の日本人メンバーよりかは少なかったと思う。この時、私はこの村で、人生で一番といっても過言ではない、ものすごい経験をすることは予想もできなかった。マイダン村の2日...

ネパール研修報告書(2)尊重の上での異文化交流

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タイトル:尊重の上での異文化交流  井上亮                  今回の研修を参加するにあたり、私はこの研修における個人的な目的を設定した。それはネパール文化における複雑性や単純性を実際に現地の人からの情報を頼りに探ることと、文化形成の源になりうる要素を自分の目で確かめることである。これは、私の個人的な研究に非常に重要な項目であり、内陸国で自然が豊かな特徴を持つ、いわば日本と異なる性質と似た性質を兼ね備えている国を調べることは、かなり役立つ情報を得られると考えたからだ。その上で現地の人との交流は非常に重要であり、今回の強力なパートナーシップを結ぶというゼミ研修本来の目的も、個人的にはかなり大切なことであった。今回は自分の研究についてではなく、その交流を深めた際での気づきについて述べていきたいと思う。私の研究内容に関しては総合研究ノートにおいて述べるものとする。 まず、私がリンネラハ村に訪れた時の交流について述べていきたいと思う。その時の私のホームステイ先は小学生の男の子がいる家庭であった。その子の英語能力は非常に高く、意思疎通するのに特に困ることはなかった。英語能力だけでなく、ほかの学問の知識も非常に優れていた。私が、ネパールの土地の肥沃さについて尋ねた時、学校の地図帳を持ってきてはその様子を事細かく丁寧に教えてくれた。ほかにも彼は非常に社交的で、非常に勤勉な性格をしており、自ら日本語を学びたいと志願したり、私の様子を常に気にかけてくれたり、冗談を言ったりと、外国人である私に対して親密に接してくれた。今回も彼が家族に日本人をホームステイさせたいと志願することで、その家庭でのホームステイが可能になったのである。彼のこの外国人に対する積極性や、意思疎通を図ろうとする姿勢は、私自身とても考えさせられた。彼の父親曰く、彼がこれほど外国人とコミュニケーションをとれるほど成長したことに誇りを思う、とのことであった。そんな彼とのホームステイ生活中に、私はあるカルチャーショックを体感することになる。それは、リンネラハの学校における、教育実習でのことである。私は、今回の研修のコーディネーターであるシティズ氏に頼まれ、和楽器の篠笛の演奏を教員含む校舎関係者全員の前で行った。その時に、静けさを尊重する演奏の中で、何人かのネパール人(主に教員)が、その中で話をし、...

ネパール研修報告書(1)自己分析の旅

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本日から毎日ネパール研修の振り返りとして、ゼミ生の報告書を掲載していきます。 第一回目は副ゼミ長石野田明日葉さんです。 タイトル:自己分析の旅 石野田明日葉 ネパール研修で私はリーダーシップや異文化間でのコミュニケーション、ネパールの文化、伝統、生活のあり方など本当に多くを学んだ。 しかし、私はこれら一つ一つの学びには共通点があるのではないかと帰国してからずっと考えていた。そして、ある答えに辿り着いた。 それは、この研修は『自己分析の旅』であったということ。 ネパールでの貴重な経験や学びの全てが自己分析に繋がっていると考えたのだ。 実はネパール研修へ行く前、当時の自分の状態を記録するため日記を書いていた。 ネパールから帰国して数週間経ち、改めてその時の日記をみて驚いた。 そこには 「自分のやりたい事が何かわからない」 「私は何のために頑張っているのかわからない。」 「私は他人と自分を比較しすぎている。」 「英語が話せないから研修で一人きりになってしまったらどうしよう。」 「周りの人は自分に比べていい経験をしいて将来が見えていると余計なことばかりに目がいってしまって自分の事が見えていない。」など自己否定や悩み事がダラダラ書かれていた。 私ってこんな人間だったっけ?と思うほど今の自分の状態とほんの数ヶ月前の自分の状態が 180 度変わっていたのだ。 きっとこの頃の私は、自己分析が全くできていなくて他人と比べては、自分は何がしたいのかを探そうとしていたのかもしれない。 そんな私が様々な理由によりネパール研修でリーダーを務めチーム全体を率いる事になった。これは、私にとって自分を変える大きなチャンスだった。 ネパール研修前日、私はリーダーとしてゼミ生みんなを引っ張って行けるのか、英語が話せない私は現地の学生達とコミュニケーションを上手く取れるのか、不安でいっぱいだった。しかし、「もうここまで来たら全力で取り組んで悔いのないように研修を終えてやろうではないか!」と覚悟を決めたのを覚えている。 人生初めてのネパール研修はとにかく衝撃的な景色や瞬間の連続で日々感情が移り変わって行った。生活も日本にいたら想像がつかないくらい異なるし、日本での当たり前があの...